「強制的親子別姓を推奨している」という
反対派(非共存派)の主張がファクトチェックで、
「根拠なし」と判定されたことの続き。
「「強制的親子別姓を推奨」にファクトチェック」
「国民民主党は強制的親子別姓を推奨? 公約は選択的夫婦別姓【ファクトチェック】」
選択的夫婦別姓が「強制的親子別姓」になる
反対派(非共存派)の男性は、
「選択的夫婦別姓が実現すると妻が生来の
苗字に復姓して、子どもも妻の苗字を
名乗る」と考えていることになります。
それで「おれは子どもに自分の苗字を
名乗らせないと家族と感じられないのに、
強制的親子別姓だ」となると思われます。
このような反対派(非共存派)の男性にとって
「妻の復姓」と「子どもは妻の苗字を名乗る」は、
「既定路線」になっているみたいです。
そんなことは決まっていないと思われるので、
どういうことかと思うかもしれないです。
「妻はかならず復姓する」に関しては、
選択的夫婦別姓の反対派(非共存派)の男性には、
妻に望まない改姓を押し付けている
という意識があるのだと思います。
それで選択的夫婦別姓が実現して、
妻に改姓しない選択肢ができたら、
きっと復姓すると信じているのでしょう。
「夫婦別姓の強制だと主張する反対派」
「子どもが妻の苗字を名乗る」は、
なぜ彼ら反対派(非共存派)の男性は
そう考えるのかはわからないです。
「復姓した妻はきっと自分の苗字を
子どもに名乗らせるに違いない」と、
彼ら反対派(非共存派)男性は
確信していることはあると思います。
その確信のゆえんは、反対派(非共存派)男性は、
自分が子どもに自分の苗字を
名乗らせたいと考えているので、
妻も自分と同じに違いないと信じているからです。
「他人もみんな自分と同じに違いない」は、
反対派(非共存派)男性の基本認識です。
はっきりとはわからないですが、
「妻が自分の苗字を子どもに名乗らせたら、
自分にはなすすべもない」という意識も、
彼ら反対派(非共存派)男性にはあるかもしれないです。
「選択的夫婦別姓が実現したら
子どもの苗字でもめる」という
反対派(非共存派)の男性は、多少たりとも
子どもの苗字に関して妻とやりあう自信と
覚悟がある、ということなのでしょう。
「子どもの苗字でもめるのはだれか?」
「子どもにも自分の苗字を名乗らせないと
家族と思えない」という反対派(非共存派)男性の
意識はどこからくるのかと思います。
これは彼ら反対派(非共存派)男性は、
自分が家庭の「小専制君主」になりたい、
ということだと思います。
自分が家族に対して「君臨」するためには、
妻にも子どもにも自分の苗字を名乗らせることが
必要だというのでしょう。
「妻に自分の苗字を名乗らせたいのはなぜか?」
そして自分が「小専制君主」でなければ、
その反対派(非共存派)の男性にとっては
「家族でない」ということなのだと思われます。
反対派(非共存派)の男性にとって、
自分が改姓して妻の苗字を名乗ることで
夫婦同姓になる選択肢はありえないことは、
想像にがたくないと思います。
自分が妻の苗字を名乗ったら、
妻が「君臨」することになって
自分がその「臣下」として入ることになります。
そんな「男としての屈辱」など、
彼ら反対派(非共存派)男性が
受け入れられるはずもないことです。
反対派(非共存派)男性にとっては、
妻が改姓して自分の苗字を名乗る場合だけを、
「夫婦同姓」と呼んでいるのでしょう。
自分が改姓して妻の苗字を名乗ったら、
反対派(非共存派)男性にとっては、
「夫婦同姓でないなにか」なのでしょう。
「夫婦別姓と「夫婦同姓でないなにか」の選択?」


反対派(非共存派)の男性はひたすら自己中心的です。
そして他人のことを考える場合も、
自分中心の視点でしか考えられないです。