選択的夫婦別姓の反対派(非共存派)のかたは、
「文化を守れ、合理化のもと都合のよい悪いで
文化を変えたくない」とも言っています。
反対派(非共存派)にはよく見られる意見です。
「文化」が「伝統」になることも多いです。
合理性の観点から、都合のよい悪いで
文化や伝統を変えることがあるのは当然です。
なにを当たり前のことを否定しているのかと思います。
貴方はいったい何を言いたいのでしょうか?。夫婦別姓を賛成反対の前に日本の歴史、家族の歴史を考えて欲しいですね。歴史は文化の一つで私は其れを守りたいだけですよ。合理化のもと都合が良い悪いで文化を変えたくはありません。
— Micchi (@MicchiMsd123) 2019年5月21日
このような人は、「伝統」「文化」と言えば、
なんでも無条件で守らなければならないとでも、
思っているのかと思います。
「悪い伝統」「悪い文化」なるものがあれば、
そんなものは変えたりなくしたりする
必要があるのは当たり前のことです。
「文化」「伝統」はすべて人間がより快適に
暮らすために作られた道具、手段です。
道具や手段を人間が使うのに都合が悪くなれば、
使いやすいよう道具や手段を変えて当然です。
使いにくい道具を変えないで使うなんて
非合理的なことなど、のぞましいはずないことです。
なんのために道具を作ったのか、
その道具の存在意義がわからなくなります。
「合理化のもと都合がよい悪いで
文化を変えたくない」というのは、
人間の都合で作ったはずの道具や手段のために、
人間が存在しろということになります。
なぜに「被造物」である道具や手段の
都合に合わせて、「創造主」である人間が
存在してやらなければならないのかと思います。
「目的」と「手段」の倒錯であり、
「創造主」たる人間に対する反逆です。

