2022年04月09日

悔しさはあふれていたかもしれない

4月8日エントリの続き。

「ミソジニー」を知らなかった
「吹奏楽ミッション」ですが、
自分の無知を指摘されて
どんな心境だったかと思います。

 





「吹奏楽ミッション」はきれていたのかな?
精一杯余裕の態度を装おうとして
いるように、わたしは思ったです。

あるいは「すっぱいぶどう」ということに、
しようとしたのかもしれないです。



「吹奏楽ミッション」はくやしさで
あふれかえっていた可能性はありそうです。
自分が心底見下している女に、
ぶざまな無知を指摘されたからです。
posted by たんぽぽ at 22:48
"悔しさはあふれていたかもしれない"へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]