2020年03月11日

推進派の議論と活動が見えない

3月10日エントリの続き。

選択的夫婦別姓の反対派(非共存派)の
「見ようという気持ちがないと、
人は知覚することができない」で、
わたしがもうひとつ思い浮かべるのは、
「推進派はこのような議論をしない」
「推進派はこのような活動をしない」です。

 



選択的夫婦別姓の反対派(非共存派)が
「推進派はしていない」と言う
活動や議論は、たいていとっくに
なされているものばかりです。

「推進派は文句を言うばかり?」
「夫婦別姓で離婚のハードルが下がる?」

それゆえ反対派(非共存派)が
「推進派はこんな議論や活動をしていない」と
表明すると、推進派のかたから
簡単に反証されるのが関の山です。


わたしが見たところ、たいていの反対派は、
選択的夫婦別姓問題に関しては、
ナイーブでローカルな自分の認識の中に
閉じこもっている感じです。

推進派はどんな議論をしているかに、
多くの反対派(非共存派)は、
さしたる興味がないようです。
「論敵」である推進派の主張を調べて、
それに対策や反論を考えたりしないようです。

まともに選択的夫婦別姓問題について
どんな議論がなされているか調べれば、
推進派の根拠に納得して賛成するでしょう。
選択的夫婦別姓に反対するのは、
ろくに調べていないからだとも言えます。


反対派(非共存派)は選択的夫婦別姓に
反対する理由を求める傾向があります。
それゆえ彼ら反対派は、選択的夫婦別姓の実現を
求める活動にも、関心はないのでしょう。

こちらも「政敵」である推進派の活動を
マークして、それに対策を考えることを、
彼ら反対派(非共存派)はしないのでしょう。


選択的夫婦別姓の反対派(非共存派)は、
推進派の議論にも活動にもほとんど
関心がないのがたいてい、ということです。
つまり「見ようする意識がない」わけです。

それゆえ彼ら反対派には推進派の議論や
活動が「見えない」ことになります。
かくして自分が思いつく議論や活動を、
推進派はしていないと、反対派(非共存派)は
思い込むことになるのでしょう。



posted by たんぽぽ at 22:14
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