2018年08月31日

差別を肯定する「社会全体の視点」

8月28日ポストの続き。

選択的夫婦別姓の反対派「四条烏丸(旧:もも281)」が、
「反対派は社会全体の観点から、推進派は自分たち
個人の観点から話している」などと言っていたことです。

 


ナチス第三帝国時代のユダヤ人は、自分の生活や生命を
守るために、ユダヤ人迫害に反対していました。
これは「四条烏丸」の基準だと
「自分たち個人の観点」からの主張になるでしょう。

ヒトラー・ナチスは、ドイツ国とドイツ民族の
将来の安泰と発展のために、ユダヤ人をすべて
抹殺するべきと考えていました。
これは「四条烏丸」の基準だと
「社会全体の観点」からの主張になるでしょう。

「四条烏丸」の考えかたによると、
第三帝国時代のドイツでは、ユダヤ人よりも
ヒトラー・ナチスのほうが視点が高いことになるでしょう。
そしてユダヤ人も社会全体を考えて
主張をするべきだった、ということにもなります。


「四条烏丸」の「視点」の取りかたの認識を、
ナチスのユダヤ人迫害に当てはめた場合について言ったら
「四条烏丸」は「ねじ曲げた発言」などと言ってきました。
いったいどこがねじまげているのかと思います。

現代の日本で夫婦同姓が強制される不都合なんて、
ヒトラー・ナチスによるユダヤ人迫害に比べたら、
まったくたいしたことないと「四条烏丸」は言いたいようです。


ここでの論点は「四条烏丸」の基準で「社会全体の視点」
「自分たち個人の視点」は、どういったものかです。
どの程度深刻な迫害をもたらすかは問題にしていないです。

わたしがヒトラー・ナチスのユダヤ人迫害を例に挙げたのは、
すでに歴史的なものとなって評価が固まっていることと、
迫害の程度がはなはだしく、わかりやすいからです。

「四条烏丸」の基準での「視点の置きかた」を
問題にしているのに、迫害の程度の問題にすり替える
「四条烏丸」こそねじまげているというものです。


「四条烏丸」が「ねじ曲げた発言」「虚偽誇張」なんて
言いかたをするなら、現代の日本で起きている、
もっと身近な課題を例に挙げてもいいでしょう。

「四条烏丸」の基準だと「東京医科大の点数操作は、
女子受験生に対する差別」は「自分たち個人の視点」です。
「女性医師が増えると医療が崩壊する」は、
「社会全体からの視点」になるでしょう。
そして現在と今後の女子受験生も、社会全体の視点から考えろと、
「四条烏丸」は言いたいのですね?

「四条烏丸」の基準だと「同性愛者にも法的結婚を認めよ」
というのは「自分たち個人の視点」になります。
「同性愛者は子どもを産めないから非生産的」は
「社会全体からの視点」になります。
そして同性愛者より杉田水脈のほうが視点が高いと、
「四条烏丸」は言いたいのですね?

「四条烏丸」の基準だと「おたくにも表現の自由が
あるから表現規制反対」は「自分たち個人の視点」、
「おたくの性犯罪抑止のために表現規制」は
「社会全体からの視点」になります。
そしておたく諸氏も表現規制派の立場で、
もっとものごとを考えろと言うのですね?


「四条烏丸」の考えかたは、差別や権利の侵害、
自由に対する抑圧からの解放を訴える被差別マイノリティは、
みな「自分たち個人の視点」から問題を語ることになります。

そして差別や権利の侵害をしたり肯定したり、
自由を抑圧する社会的強者や既得権益者、権力者は、
みな「社会全体からの視点」から問題を語ることになります。

「四条烏丸」の考えかたは、被差別マイノリティより
差別主義者や抑圧者のほうが意識が高いと思わせることで、
差別や権利侵害を肯定することになるでしょう。
posted by たんぽぽ at 23:36
"差別を肯定する「社会全体の視点」"へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]