2016年07月07日

日本会議・ミソジニーの本質(2)

7月4日エントリの続き。
日本会議の活動の中心は「オンナコドモは黙っていろ」についてです。

「菅野完さんの、日本会議がやってきたことは『女子供は黙ってろ』運動だ」
(はてなブックマーク)

『日本会議の研究』の著者が記者相手に、日本会議の本質についてお話すると、
いちばん理解しないのが、日本の中高年男性の記者です。
その中でも左派のかたほどなかなかしないのでした。



「日本会議の本質はおっさんのミソジニー」ということを
最後まで理解しないのが、世代&ジェンダーべつでは
中高年男性というのは、ある程度はやむをえないのでしょう。

中高年男性は既得権益者ゆえに、彼らの思想やカチカンは
社会全体に受け入れられやすいです。
それゆえ自分たちの思想やカチカンを普遍的、絶対的と思いやすく、
客観視や相対視する機会が少なくなるからです。



イデオロギーべつでは左ほど理解が遅い(理解したがらない)
というのは、どう考えたらよいのかと思います。
わたしにもはっきり言えるお答えがないです。



ほかでは左派的でリベラルな思想を持っていても、
家族やジェンダーに関してはやけに因習・反動的だったり、
みょうにミソジニーだったりする男性識者は珍しくないです。

むかしツイッターミスコンテストを擁護する論陣を張った
小倉秀夫弁護士なんてその見本だと思います。
そういうかたであれば、自分の中の「ミソジニー」と向き合えないとか、
向き合いたくないということはありそうです。

「ふたたびミスコンの議論」

『日本会議の研究』の著者自身、自分の中のミソジニーに
気がついてから、「日本会議の本質はミソジニー」ということに
気がつくことができたと語っています。



ある種のリベラル・左派は本気で社会を改善しようというより、
自分のステータスや格好付けでやっているのかもしれないです。
そうだとしたら、くだらないとされている
「オンナコドモのこと」なんてステータスにならないと思って、
なおさら興味を持たなくなりそうです。

「そんなことよりも、9条ガー 国家神道がー」なんて
言い返す左のかたもいるとありますが、これはまさに
「政治とは天下国家を語るものである」という発想です。



「思い込みが激しい」という指摘もあります。
ふだんから右翼イデオロギー問題に関わっていると、
「日本会議はこういうもの」という認識が固まって、
固定観念から離れられなくなるということかもしれないです。


ふだんこの問題に関わっていなくて、知識が少ない人のほうが、
固定観念にとらわれず自由に考えられる例になりそうです。


いくつか考えつくことを並べてみましたが、
ここでお話した「左ほど理解したがらない」ことについては、
わたしはそれほど自信を持って言えることではないです。
これについては、今後の課題ということになりそうです。




関連エントリ:

「日本会議・ミソジニーの本質」
posted by たんぽぽ at 23:58
"日本会議・ミソジニーの本質(2)"へのコメント
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