2023年05月27日

一例でもあげれば印象操作になるから

5月13日エントリの続き。

「安倍晋三の銃撃犯を英雄視する人たちが
たくさんいる」と言う「菊池誠」の
擁護をするかたに、わたしはツイッターでも
直接コメントをしました。

5月13日エントリでお話したことと、
同じような内容です。

 


そうしたら、擁護するかたは、
「自分は一例をあげただけだ、
あふれるほどたくさんいるとはひとことも
言っていない」と言ってきました。


この話ぶりだと、一例をあげただけでは
たくさんいることの証明にならないことは、
認識しているようです。

証明にならないとわかっているなら、
一例をあげることで、なにをしたかったのか、
という疑問が出てきます。


「菊池誠」を擁護したかたは
「一例だったら挙げちゃあかんの?」と
訊いてもいます。

コンテキストは「あふれるほど
たくさんいる」と主張する人がいて、
たくさんいるなら根拠を出せと
お尋ねされているところです。

そうしたところへ一例でも出せば、
「『菊池誠』の言うとおり、あふれるほど
たくさんいるのだな」と第三者に対して
印象操作することになります。
印象操作はよくないですよ。



付記1:

「菊池誠」を擁護するかたは
「今更私に絡んできて」と言っています。

ツイッターは古いツイートも削除されず
公開され続けますから、どれだけ時間が
経過しても、だれでも閲覧して
意見を述べることができます。

それが問題だというなら、
古いツイートを自主的に削除するか、
返信や閲覧ができないよう
仕様を変えることをツイッターに
要望することだと思います。



付記2:

「菊池誠」を擁護するかたは、
「そんなことで何になるんです?」
とも言っています。

「菊池誠」の言うとおりあふれるほど
たくさんいるのだなと印象操作する
ツイートが、ずっと公開されています。

となれば、いつかだれかが
ネットのリテラシーの維持のために、
必要な情報を提供するべく
反証する必要があるというものです。


posted by たんぽぽ at 16:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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