2021年09月04日

女性の怨念の対象は個人に向かう?

8月26日エントリの続き。

男性は怨念の対象が一般化や抽象化をする
傾向が強いのではないかと考える
ツイートをご紹介しました。

このかたは女性の怨念の対象は
どうなのかというと、特定の個人に
向かうことが多いと考えています。

 


この「特定の個人」というのは、
自分に直接なり間接なりに危害を加えた
当人ということだと思います。

女性の場合、「男ならだれでも」とか
「社会全体」のように、怨念の対象が
一般化や抽象化する傾向は、
男性とくらべて弱いということです。


適切なサンプルが見当たらないので、
わたし、たんぽぽはどうなんだ、
ということを少しお話します。

わたしもいろいろな人たちから
虐げられたり危害を受けたりしています。
恨んだり反発を感じている相手は、
人一倍多いほうだと思います。

そんな相手に仕返ししたいと思う場合、
(ネットだと実際に「おとしまえ」
つけに行くこともあります。)
やはり自分に直接間接に
危害を加えた当人が相手になります。

特定の範疇の人たち全体とか、
特定の社会全体とか、報復の相手が
一般化や抽象化をする発想は、
わたしもそういえばないです。


一般論的なことを言えば、女性にも
「ミサンドリー」という心理はあります。
それでも男性の「ミソジニー」よりは
「ミサンドリー」の女性は数が少ないようです。

ミサンドリーの女性が対外的に
問題を起こすことも少ないです。
ミサンドリーが動機で無差別殺生事件を
起こした女性というのは、いないと思います。


こうしてみると、女性の怨念は
具体的な個人に向かうことが多い、
怨念が一般化や抽象化をするのは、
女性より男性のほうが強い、という仮説は
立てられるかもしれないです。

小田急線のフェミサイドは、
怨念の対象が一般化、抽象化をする傾向のある
男性ゆえの犯行と考えることが
できることになりそうです。

「小田急線の無差別殺人・フェミサイド」


posted by たんぽぽ at 20:24| Comment(0) | 家族・ジェンダー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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