「多様性を認めあう心をはぐくむ」なんて
丸川珠代が言っていることを、
「たんぽぽのなみだ」ブログでお話しました。
「選択的夫婦別姓に反対で多様性を認める心?」
そのしらじらしさや偽善性ゆえに、
ツイッターでも批判が出てくることになります。
選択的夫婦別姓に反対していた奴が「多様性」とかほざいていますよ https://t.co/MnKM4Q1evC
— 法學院狂魔 (@Adepteater029) August 21, 2021
選択的夫婦別姓を認めないで「多様性」とか。
— 選択的夫婦別姓・全国陳情アクション福島 (@fukushimabessei) August 21, 2021
寝言は寝て言ってほしい。 https://t.co/AcGFpT2atK
そこへ「選択的夫婦別姓に反対する意見も
認めるのが多様性」という趣旨の
リプライをする人たちが出てきました。
こんなことを言う彼らは、もちろん
選択的夫婦別姓の反対派(非共存派)です。
色んな意見がある事を認める事が多様性だと思ってます。
— 宅造#SSTR2021【0293】 (@ticktack08241) August 22, 2021
その様々な意見を最終的に選ぶために投票に行く事が民主主義やと思うんですけどねぇ…
どうも選択的夫婦別姓推進派は反対派の意見は認めないんですよね。
賛成意見があることも、反対意見があることもそれ自体が「多様性」だと思うんですけど
— あかまきがみ (@testes1221) August 22, 2021
夫婦別姓賛成派は、夫婦別姓に反対意見を持つ=多様性ない人
とレッテルを貼るんですよね
単純に、メリットデメリット比較して、未来の日本にとって良い選択はどちらか
情報を広めることが大事だと思います
また「ポパーの寛容のパラドックス」です。
選択的夫婦別姓の反対派(非共存派)で
これを持ち出す人は結構います。
「多様性からの逆行・寛容のパラドックス」
「またポパーの寛容のパラドックス」
「多様性」を尊重するためには、
多様性に反する不寛容に対しては、
批判的になる必要があります。
選択的夫婦別姓に反対する、
ということは、不寛容の典型です。
よって多様性を尊重するためには、
選択的夫婦別姓に反対する意見を
認めてはならないことになります。
上述の反対派(非共存派)のように
不寛容を正当化する方便として
「多様性」を持ち出す人がいるから
「多様性はならずものの最後のとりで」に
なるのだと思います。
「多様性をならず者の砦にするな」
多様性を認めることは重要です。
それゆえ多様性をならずものの
とりでにしては、絶対にならないです。
「不寛容を認めるのも多様性」という
狂った主張には、徹底して
批判する必要があるでしょう。