2021年06月06日

創作にはメッセージがある

6月4日エントリの続き。

「野比しずかの広告にいちゃもんを
つけられた」などと言っている
選択的夫婦別姓の反対派(非共存派)に、
この広告が発しているメッセージについて
わたしはツイッターでもお話しました。

 

そうしたらこの反対派(非共存派)は、
「野比しずか」はただの広告であって、
特定の価値観を刷り込むプロパガンダでない
などと大袈裟すぎることを言ってきました。


映画の広告でも創作ですから、
そこには作者の考えが入るでしょう。
またその考えがメッセージとして
発信されることもあります。

それは作者が意識して入れることもあるし、
意識しないで入ることもあります。
また作者の意図に反したメッセージを
帯びることもあるでしょう。

創作であれば、「特定の価値観を
刷り込む意図を持ったプロパガンダ」でなくても
一定のメッセージ性を帯びるなんで
あたりまえのことだと思います。



創作する以上、作者がその作品によって
伝えたいこと、語りたいことがあるはずです。
『平家物語』なら「諸行無常」とか、
夏目漱石の『こころ』なら略奪愛の醜さ
といったようなことです。

創作する以上、作者は受け手に対して
理解や共感を求めてはいると思います。
それでも作品によって自分の思想の
プロパガンダをしようなんて
意図や認識は、通常ないと思います。

それともこの反対派(非共存派)は、
「作品を通じて作者が語りたいこと」を
いちいち「特定の価値観を
刷り込むプロパガンダ」など
ととらえているのでしょうか?

そうだとしたら、世の中に存在する
文学作品や芸術作品の鑑賞は、
ほとんど不可能ではないかと思います。


posted by たんぽぽ at 10:31| Comment(0) | ウェブサイト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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