2021年05月17日

必死だから無駄なことをしない

5月16日エントリの続き。

選択的夫婦別姓の推進派にとっては
自分の生活や尊厳がかかっているのだから、
必死になるのは当然ということを、
わたしはツイッターでもお話しました。

 

そこへべつの選択的夫婦別姓の
反対派(非共存派)がリプライしました。
「必死」と言っているわりには、
反対派の説得に必死さを感じない
などと、この反対派は言っています。

ツイートの「慎重派」は、選択的夫婦別姓の
反対派(非共存派)のことです。
あえて「慎重派」と表現することにも
言いたいことはありますが、
いまは置いておきます。



わたしは選択的夫婦別姓の反対派(非共存派)を
説得しようとは思っていないです。
反対派(非共存派)はがんめいきわまりなく、
どんな事実や根拠をしめされても
ぜったいに納得しないからです。

反対派(非共存派)の説得は不可能ということです。
「必死」だからこそ、不可能なことは
避ける必要がある、無駄なことを
してはならないということです。

わたしがネットで反対派(非共存派)と
議論するときは、第三者を意識します。
一連の議論を見た第三者が適切な判断ができるよう、
情報を提示するというスタンスです。

おそらくわたし以外の選択的夫婦別姓の
推進派のかたも、多くはわたしと同様と思います。
反対派の説得は念頭にない、意識するのは
第三者のためのリテラシー維持、ということです。


上述の反対派(非共存派)が、
推進派は反対派の説得に必死でないと感じても、
それはそれで当然のことだと言えます。
わたしも、おそらくほかの推進派も、
反対派の説得は念頭にないからです。

第三者が判断するための情報を提示するために、
推進派は必死になっているとは思います。


posted by たんぽぽ at 21:18| Comment(0) | 民法改正一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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