選択的夫婦別姓の推進派にとっては
自分の生活や尊厳がかかっているのだから、
必死になるのは当然ということを、
わたしはツイッターでもお話しました。
https://t.co/kpeYvkJrOm 推進派が必死になるのはあたりまえです。自分の生活や尊厳がかかっているからです。以前より激しさを増したのは、反対派(非共存派)だと思います
— たんぽぽ (@pissenlit_10) April 16, 2021
そこへべつの選択的夫婦別姓の
反対派(非共存派)がリプライしました。
「必死」と言っているわりには、
反対派の説得に必死さを感じない
などと、この反対派は言っています。
ツイートの「慎重派」は、選択的夫婦別姓の
反対派(非共存派)のことです。
あえて「慎重派」と表現することにも
言いたいことはありますが、
いまは置いておきます。
そして「必死になるのは当たり前」と言う割に、慎重派を説得させる事には必死さを感じないんですがね。
— 行太@人権やらCOVID-19やらのシリアス垢 (@kt_lec_serious) April 16, 2021
わたしは選択的夫婦別姓の反対派(非共存派)を
説得しようとは思っていないです。
反対派(非共存派)はがんめいきわまりなく、
どんな事実や根拠をしめされても
ぜったいに納得しないからです。
反対派(非共存派)の説得は不可能ということです。
「必死」だからこそ、不可能なことは
避ける必要がある、無駄なことを
してはならないということです。
わたしがネットで反対派(非共存派)と
議論するときは、第三者を意識します。
一連の議論を見た第三者が適切な判断ができるよう、
情報を提示するというスタンスです。
おそらくわたし以外の選択的夫婦別姓の
推進派のかたも、多くはわたしと同様と思います。
反対派の説得は念頭にない、意識するのは
第三者のためのリテラシー維持、ということです。
上述の反対派(非共存派)が、
推進派は反対派の説得に必死でないと感じても、
それはそれで当然のことだと言えます。
わたしも、おそらくほかの推進派も、
反対派の説得は念頭にないからです。
第三者が判断するための情報を提示するために、
推進派は必死になっているとは思います。