2021年03月20日

選択的夫婦別姓反対派の残念な結婚観

3月17日エントリの続き。

選択的夫婦別姓の実現を望む人たちは
同姓夫婦を差別するようになるなどと言う人の
匿名ダイアリーを引き続き見ていきます。

https://anond.hatelabo.jp/20210311030526

 
次に匿名ダイアリーは、2020年2月11日の
プレジデント・ウーマンの記事をあげています。

https://president.jp/articles/-/32830?page=4
自分たちの残念な結婚(観)を露呈
自らが進歩的であるという誤信


この記事は杉田水脈の「結婚改姓が嫌なら、
結婚しなければいい」発言
を契機に書かれたものです。
11年前に自民党の選択的夫婦別姓の
反対派(非共存派)から参議院に
提出された請願文書を取り上げています。

「選択的夫婦別姓“反対派”が主張するトンデモな理由3つ」

この請願文書で示されている、
反対派(非共存派)の理屈が
あまりに「とんでも」だというので
衝撃を受けたということです。

このプレジデント・ウーマンの記事は、
わたしも「たんぽぽのなみだ」ブログの
2020年2月14日エントリで紹介しています。

「11年前の選択的夫婦別姓反対派の請願」


匿名ダイアリーが問題だとしている、
「残念な結婚観を露呈」のくだりは
最後の4ページ目にあります。

10年前のこの請願書から、夫婦別姓と聞いて
杉田水脈議員が放った「じゃあ結婚しなくていい」との
脊髄反射的なヤジは、果たして
どれだけ進歩しているだろうか。

彼女、いや、この「夫婦別姓なら結婚の
意味がない」思想を支持する人たちは、
つまり自分たちの結婚とは「同姓」であることによって
絆を維持しているんですよ、それだけがかすがいで、
最後の望みなんですよ、と自分たちの
残念な結婚(観)を露呈していることに、
気づいているのだろうか。

選択的夫婦別姓の反対派(非共存派)の
結婚観が「夫婦同姓であることだけで、
キズナを維持している、それだけが最後の望み」
というものであれば、「残念な結婚観」と
言われても無理もないと思います。

結婚生活を維持する要素には、
さまざまなものがあります。
苗字は数あるうちのひとつに過ぎないです。
そして苗字は必須の要素ではないです。

そこへもってきて「夫婦同姓」しかなく、
愛情や信頼を得るための積み重ねが
ほかになにもないとなれば、
それははなはだ「残念」というものです。


そんなことはない、苗字以外にも
結婚生活を維持するための積み重ねはある、
記事著者がそう解釈しただけだと、
選択的夫婦別姓の反対派は言うかもしれないです。

その場合、選択的夫婦別姓に反対したいために
「苗字しかない」と思われても
むべなるかなの主張を展開することが、
「残念」ということになるでしょう。


それでも「夫婦同姓が最後の望み」と
自分たちだけで思っているなら、
それがいかに「残念」なものであっても、
その人の自由と言えるでしょう。

選択的夫婦別姓の反対派(非共存派)は、
他人も自分と同じように夫婦同姓で
なければ結婚の意味がないと主張して、
自分の考えを望まない他人に押し付けてきます。

反対派(非共存派)は他者の権利を
侵害しているということです。
それを「残念な結婚観」と表現するのであれば、
だいぶ手加減をしていると言えます。


posted by たんぽぽ at 21:30| Comment(0) | 民法改正一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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