2020年03月25日

伝統かどうかを議論することが不毛?

3月23日エントリの続き。

「伝統」が議論に出てくること自体は、
不毛ではない、「伝統かどうかの判断」を
議論することが不毛なのだと、
「うなぎ」氏は言いたいのかもしれないです。

 

ひとたび伝統の議論になった場合なら、
「伝統かどうかの判断」を議論することは
かならずしも不毛ではないと思います。

「伝統と思われているものが
伝統でないことをしめすのが民俗学の役割」
なんて言うかたもいます。
伝統かそうでないかの判断は、
学術の対象にもなるということです。

「伝統への懐疑・民俗学の役割」



選択的夫婦別姓の議論に関しては、
「夫婦同姓は日本の伝統」と主張する
反対派に反証するためであれば、
夫婦同姓が日本の伝統かどうかを
議論するのは、必要なことでしょう。


posted by たんぽぽ at 22:20| Comment(4) | TrackBack(0) | 民法改正一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
伝統は守りたい人だけが守ればいいと思ってしまいました。
Posted by イト at 2024年03月08日 02:28
伝統という言葉を疑えとどこかでたんぽぽさんがおっしゃった気がします。
Posted by 改姓した男の人 at 2024年03月08日 21:53
イトさん、

ある種の人たちにとっては、
伝統は望まない人にも押し付けないと、
維持できないもののようです。

自分たちだけでやっていると、
伝統を続ける人が少なくて「すたれる」と
思っているのかもしれないです。
Posted by たんぽぽ at 2024年03月09日 15:32
改姓した男の人さん

こちらですね。
「伝統回帰論への懐疑」
http://taraxacum.seesaa.net/article/282021753.html

1. 本当に伝統か?
比較的新しいものではないか?

2. 万人が共有できたか?
だれかの犠牲の上に成り立っていないか?

3. 本当に帰れるのか?


伝統と信じられているものが
じつは伝統でないことをあきらかにするのが
民俗学の役目だ、なんて言うかたもいます。
http://pissenlit16.seesaa.net/article/456521335.html
Posted by たんぽぽ at 2024年03月09日 15:33
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