2019年09月23日

夫婦別姓の議論は1980年代にはあった

9月17日エントリの続き。

「踏み絵」発言の「ドライバーとーちゃん」は、
自分が結婚した1989年(平成元年)は、
夫婦別姓なんて言われていなかった、
そのことばさえなかった、などと言っています。

 


現在行なわれている議論や運動と
連続性のある選択的夫婦別姓の議論は、
1976年に認められた婚氏続称に
始まると考えてよいでしょう。

離婚改姓の不利益を避ける婚氏続称が
認められるなら、結婚改姓の不利益を
避ける夫婦別姓という選択肢も
認められてよいと、考えられるようになります。
1980年代には選択的夫婦別姓に対する
関心も高まってきました。

「結婚改姓の強制・差別をなくす運動」
「「社会と女性と法律と」その12
【1976年(昭和51年)民法改正・婚氏続称が可能となる】 」


離婚して姓が突然変わることが不都合だと
認められるならば、結婚によってもともとの姓を
変えなければならないのも不都合だとなります。
そう考えれば、夫婦別姓問題も
取り上げられてもおかしくないわけですが、
その頃はまださほど問題にはなっていませんでした。

その後女性の社会進出はますます進み、
キャリアを重ねる女性が増えたことに加えて、
晩婚化という背景もあり、1980年代に入ってからは、
夫婦別姓についても関心が高まるようになります。


『結婚と家族』の155ページには、
1988年2月の赤松良子氏によるスピーチで、
選択的夫婦別姓の導入に言及しています。

「選択的夫婦別姓反対は人権侵害(7)」

1988年2月、ニューヨーク国連本部で行われた
女子差別撤廃委員会で、委員の赤松良子さんは、
日本の民放の規定は、一見中立的だけれども、
約98%の女性が改姓をしている実態は、もはや平等とは言えず、
夫婦の同一の権利として、姓に関する権利をあげている
「女子差別撤廃条約」に反するので、日本も法改正する時期に
きているのではないかと、スピーチをしている。(155ページ)


1988年は、旧姓の通称使用ができることを求める
「関口裁判」が始まった年でもあります。

「関口裁判(職場での通称使用を求める裁判)」

いわゆる「関口裁判」と呼ばれるものは、
1988年(昭和63年)に関口礼子さんが
図書館情報大学を相手に
通称使用ができるようにと提訴したものです。
最終的には和解となりました。



「ドライバーとーちゃん」が結婚した
1989年は、すでに「夫婦別姓」という
ことばはあったし、何度も議論になって
注目されたこともあったことになります。

「夫婦別姓なんてことばさえ
あったかわからない」などと言っている
「ドライバーとーちゃん」に、
見識がなかったということです。

「関口裁判」は自分が結婚する前の年です。
「ドライバーとーちゃん」はいったいなにを
見ていたのか、ちゃんとニュースに
眼を通していたのかと思うところです。


posted by たんぽぽ at 22:04| Comment(0) | 民法改正一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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