2018年11月30日

生活と無縁な選択的夫婦別姓反対

前のエントリの続き。

「賛成しかありえない選択的夫婦別姓」

生徒たちが書いた選択的夫婦別姓についての
小論文を採点するお話ですが、ツイートのかたは
反対の子は自分の経験や自分が結婚するときの
希望を書いてほしい、と言っています。

 


選択的夫婦別姓の反対派の定番の主張は
「日本の伝統」とか「家族のキズナ」とか、
「旧姓使用でじゅうぶん」とか、生活感のないお題目だったり、
自分には関係ない「他人ごと」として見ているものが多いです。

「夫婦別姓反対派・生活感の欠如」

こんなことを反対の論拠として持ち出していれば、
おのずと自分の経験や希望とは関係がなくなり、
生活感のない主張を展開することになると言うものです。


それでは反対の理由として、自分の経験や生活に
もとづいたことはないのかと言うと、
これもできるお話がほとんどないのではないかと思います。

ありそうなことは、男性にかぎったことですが、
「自分の結婚相手が名字を変えたくないと言うのが嫌」とか、
「妻が生来の名字にもどしたいと言うのが嫌」です。

「同姓派男性の自分の問題」
「同姓派男性の自分の問題(2)」
「選択的夫婦別姓のまとめ(7)」

これはジェンダー差別的なのはもちろん、自己中心的なことです。
思ってもなかなか言えないことがほとんどでしょう。
(それでもたまに正直に言う人(男性)もいますが。)

「女性が改姓しないと嬉しくない?」

最初のツイートのかたの学校は女子校だと思われるので、
このような男性限定の理由で、選択的夫婦別姓に
反対する子が、そもそもありえないです。


ほかに考えられるのは「選択的夫婦別姓が認められると、
夫婦同姓のステータスが下がる」という主張です。
この理由は男性限定ではないので、女子生徒の中に
主張する子がいることはありえるでしょう。

このような人は、夫婦別姓に妙なコンプレックスがあるようで、
夫婦同姓だけが法的に認められることで、
夫婦同姓のステータスを保てると思っているらしいです。

「反対派の精神構造と思考構造 結婚の質にかかわる?」

これも他人が夫婦別姓を選択することに反対する
理由としては、自己中心的と言わざるをえないです。
それ以前にあまりに主体性がないというものです。
こんな情けなさすぎることなど、思っていても
言えないことがほとんどだと思います。
(それでもたまに正直に言う人もいますが。)


子どものころの家庭の事情などが理由で、
自分は夫婦同姓を切望するかたはいらっしゃります。
両親の離婚が原因になることが多いです。

「親の離婚で夫婦同姓希望?」
「家族の名字 どう考えますか? ~“夫婦別姓”のゆくえ~」

両親の離婚を経験していたため、夫婦が同じ名字であることを
強く望んでいたのです。

妻 ゆかりさん「お父さんがいてお母さんがいて家族で
という憧れが強かったので、やっぱり自分でもあたたかい家族が
ほしいなと思っていたので、同じ名字で同じひとつ屋根の下で
という憧れがすごくありました。」

女性でも夫婦同姓を希望することはあるし、
このようなかたは自分が結婚改姓することを考えています。
この点に関して自己中心的な主張はないです。


この場合も選択的夫婦別姓に反対する理由にはならないです。
選択制ですから夫婦別姓と夫婦同姓のいずれも選べます。
上記引用のようなかたは、他人の選択に関係なく
自分は夫婦同姓を選択すればいいだけです。

(実際、引用したような夫婦同姓を切望するかたが、
選択的夫婦別姓に反対するというお話を聞かないと思います。)

自分は夫婦同姓がいいからという理由で
選択的夫婦別姓に反対したら「選択制であることが
わかっていない」とか「自分と他人の区別ができない」と
言われることになるでしょう。


こうして見ると、選択的夫婦別姓に反対する
理由として、自分の経験や希望を述べるというのは、
ほとんどその余地はないことになりそうです。

選択的夫婦別姓ですから、これに反対するということは、
他人の選択を禁止することになります。
自分の個人的な経験や希望が、自分の利害と関係のない
他人の選択を禁止する理由になるはずない
と言ってしまえば、それまでとも言えます。


posted by たんぽぽ at 22:43| Comment(0) | 民法改正一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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