2018年11月30日

賛成しかありえない選択的夫婦別姓

おそらく学校で教えている生徒さんたちに、
選択的夫婦別姓について論文を書かせたものと思います。

選択的夫婦別姓に反対の子は「旧姓使用できる」
「日本の伝統」「離婚が増える」といった、
事実無根なことを根拠に持ち出しています。
それで教育的配慮から注意をうながしたということです。

 


ここでツイートのかたは「生徒の意見を自分のほうに
引っ張る」ことを、気にしていらっしゃります。
教育である以上、生徒の考えを尊重する必要があるし、
そうなると教師の考えを押し付けるような
指導をするわけにいかないという判断でしょう。

また教育である以上、生徒がデマや差別を根拠にして
議論していたら、それは指摘する必要があります。
反対の論拠は根拠のないデマや差別が多いので、
そのほとんどに対して指摘することになります。
そうなると選択的夫婦別姓に反対する理由がなくなり、
おのずと賛成せざるをえないことになります。

「生徒の意見の尊重」と「間違った認識の指摘」という、
ふたつの教育的配慮が対立することになります。


このような「教育的配慮の対立」が起きるのは、
選択的夫婦別姓がテーマである以上、必然だとわたしは思います。
反対の論拠はすでによくご存知のように、
ほとんどすべてが事実無根で実証性にとぼしいです。

「慎重な議論はしつくされた」

このテーマは実証性を重視すれば
「選択的夫婦別姓に賛成」と判断するよりなくなります。
「賛成という考えもあるが、反対という考えもある」
などと考える余地はないということです。

「相対性理論は正しい科学理論という考えもあるが、
間違っているという考えもある」というスタンスが
ありえないのと、おなじようなものだと思います。


選択的夫婦別姓は社会科学であって
自然科学でないし、政治課題にもなっているので、
いろいろな立場やスタンスがありえると
思っているかたもいるかもしれないです。

とくに反対論者が自分の立場を有利にするために
印象操作をすることで、選択的夫婦別姓に反対という立場も
ありえると思わされることもあると思います。

また「変にものわかりのよくなった人たち」が、
「多様なカチカンの尊重」というお題目を
持ち出して、選択的夫婦別姓に反対することも
「カチカンの違い」だと、思わせることもあると思います。

選択的夫婦別姓は多くの事実と根拠に支えられて、
賛成以外の立場には立てない課題です。
それは科学理論なみに揺るぎないと言えます。
反対することは「ありえないまちがい」であり、
「カチカンの違い」で正当化はできないということです。


posted by たんぽぽ at 06:42| Comment(0) | 民法改正一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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