2018年11月05日

自分中心に考えるのはだれか?

11月4日エントリでご紹介の、選択的夫婦別姓の反対派は、
眼前の推進派のかたに向かって「この世の中は
貴方みたいな人だけのモノでない」などと言っています。

「改姓で結婚の責任?改姓してないのに?」

それを言うなら、この社会はあなたのような
反対派(非共存派)みたいな人だけのものでもないです。
世の中は同時に、選択的夫婦別姓を求めるかたや
結婚改姓したくないかたのものでもあることを、
理解する必要があるでしょう。

 

このツイートの反対派(非共存派)は、
「みんなが共に平穏に暮らす為に」とも言っています。
とくに女性で結婚改姓したくないかたは、
現行の夫婦同姓の強制のもとでは、不本意な結婚改姓を
させられて平穏に暮らすことができないです。

この反対派(非共存派)の言う「みんな」には、
選択的夫婦別姓を望むかたや、夫婦の双方が非改姓結婚をしたい
というかたは、入っていないのでしょう。

最初のツイートの反対派(非共存派)は
「衝突を少なくする為に考える必要がある」とも言っています。
それならなおさら選択的夫婦別姓を認めることです。
選択的夫婦別姓を認めず、他人に不本意な結婚改姓を押し付ける、
この反対派こそ衝突を増やしていると思います。


最後は「自分中心に物事を考える人には
難しかったでしょうかね」などと言っています。
この反対派(非共存派)は、自分は他人や社会のことを
考えているつもりなのでしょう。
他人にのぞまない結婚改姓を押し付けることは、
「他人のことを考えている」「社会を考えている」ではないです。

自分は夫婦同姓であるべきと思っているから、
他人もすべて夫婦同姓であるべきだと考える、
この反対派こそ「自分中心にものごとを考える」人です。
「自分と異なる他人がいる」ことが理解できず、
自分の「あるべき」に他人を従わせようとするからです。


選択的夫婦別姓を望む人を「自分のことしか
考えていない」と裁断し、「自分たちは社会全体を
考えている」とうぬぼれるのは、選択的夫婦別姓の
反対派(非共存派)にありがちです。

「社会全体の観点から話すのはだれか?」

このような反対派は社会認識が表面的で理解が浅く、
現実を知らないということかもしれないです。
社会経験のとぼしい高校生や中学生が、
オトナの既存のカチカンをそのままコピーしたことを言って、
自分は正論を唱えたつもりになっているのと、
似たようなものではないかと思います。

あるいは「あいつらは自分のことしか
考えていないから抑圧してよい」「自分は社会全体を
考えているから正義だ」と決め込むことで、
他者を抑圧する不寛容な自分を
正当化しようというのかもしれないです。


posted by たんぽぽ at 23:02| Comment(0) | 民法改正一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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