2018年10月06日

子どもと名字が違って平気です

8月24日エントリで、夫婦別姓の家庭で子どもの
名字でもめた例を出せなかった、選択的夫婦別姓の反対派
(非共存派)のことに触れました。

「子の名字でもめた事例はなかった」

この反対派(非共存派)は、非改姓結婚するかたは、
自分と子どもの名字が異なっていたら平気でないはずだ、
という主旨のことを言っています。

 


この反対派(非共存派)の場合、「姓に愛着がある人が
自分の子供の姓が自分と異なってて平気だと思えますか?」
「自分の姓を折りたくない人が子供の姓が自分と違っていて
気分が良い訳がない」と表現されています。

そしてこの反対派(非共存派)は、夫婦別姓だと
子どもの名字でもめることの理由にしています。
なにを根拠にこんなことを言うのかと思いますが、
反対派(非共存派)にはありがちな認識だと思います。


結論を言えば、自分と子どもとで名字が違っていたところで、
「平気です」「気分が悪いことなどないです」です。
現にあなたがいまツイッターで対論している
夫婦別姓のかたたちは、自分と子どもとで名字が異なることを、
だれも問題にしていないではありませんか?

親子で名字の異なる夫婦別姓の家庭は、
ネットでもそれ以外のメディアでもときどき登場します。
彼らを見ても、親子で名字が異なることが
問題だったとか、それが子どもの名字でもめる
原因になったというお話は聞かないです。

「親子別姓・子どもの苗字観」

長男は最近、高校受験を機に自ら希望して「ニシザワ」姓に変更した。
ヨウコさんは感慨深かったが、夫と長男は「それで何か変わる?」。
長男は学校で、こう「宣伝」したという。
「俺、名字が変わったんだ、イェーイ!」

現在は、小学4年生の次男だけが「ハシノ」だ。
「僕も兄ちゃんみたいに高校に行くとき変えようかな、
それとも中学になったら変えようかな? まぁ、まだいいや!」と次男。
姓は「家族を表すもの」というより、
「自由に選べるもの」という感覚のようだ。

「親子別姓に気づかなかった」


最初のツイートの反対派(非共存派)が考えるように、
親子で名字が異なると平気でないことが顕在化しているなら、
とっくにそれを表明するかたがいるでしょうし、
メディアでも取り上げられているでしょう。


非改姓結婚を希望するかたが考えている
「名字に愛着がある」「名字にこだわりがある」とは、
自分が慣れ親しんできた名前をずっと名乗るとか、
自分が社会や他者からそのように認識されてきた
名前をずっと使う、ということです。

自分と子どもとで名字を同じにしたいのではないです。
最初のツイートのようなことを言う反対派は、
問題の根本的なところも言えるこの部分が、
わかっていないということだと思います。

夫婦別姓を選択したいというかたで、自分の子どもに
自分と同じ名字を名乗らせる必要があるのは、
家名の継承をさせる必要があるかただと思います。
これは夫婦別姓(非改姓結婚)を選択する理由としては、
一部のかたたちに限られることです。


「夫婦別姓を望む人は、子どもの名字を自分と
同じにしたいはずだ」と根拠もなく信じている反対派が
多いのはなぜか?という問題があります。

推測になりますが、その反対派ご自身が自分と同じ名字を
子どもに名乗らせたいと、思っているのかもしれないです。
それで「自分がそうだから、夫婦別姓を望む人も
そうにちがいない」と決め込むものと考えられます。

「夫婦別姓・子の名字でもめない理由」


そうだとしたら、まさに「自分と他人の区別ができない」です。
あなたが子どもにも自分の名字を名乗らせたいと
いくら思っていても、世の中には自分と異なる他人がいる
ということを、理解する必要があるでしょう。





posted by たんぽぽ at 23:04| Comment(0) | 民法改正一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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