2018年09月30日

学生運動の闘士だった保守・右翼

9月29日エントリの続き。
西部邁氏の訃報に寄せたエントリです。

「西部邁Xウーマン村本の対談~村本「人を殺さずに国を守りたい」西部と語る「政治の理想と現実」」

このエントリのかたは、西部邁氏がかつて学生運動に
関わっていたことを指摘し、それゆえに見識が広くて
左派的な立場からものを見られると評価しています。

 
西部氏のことは「朝ナマ」で知ったのだが。
その後、MXの「ゼミナール」などで見解を聞く機会があった。
基本的な政治思想は合わないが、もともとは学生運動の
闘士だったこともあり、見識が広く、左派的な立場からも
ものを見ることができて、社会観などは共通する部分もあったし。


かつては学生運動や左翼活動にかかわっていたけれど、
のちに右翼や保守になったかたなんて、ざらにいると思います。

『父性の復権』で因襲的な家族・ジェンダー観を説き、
00年代にはジェンダーフリー・バッシングを展開した林道義氏も、
学生運動にかかわっていたことがありました。

「プロフィール」
昭和33年から36年にかけて学生運動(いわゆる60年安保)に参加。
ブント派全学連の常任中央執行委員として活動。

「新しい教科書をつくる会」の藤岡信勝氏もかつては共産党員でした。
1970-80年代には、小中学校の教師や父母を相手に、
「子どもたちに本当の意味での教育をやりましょう」と、
「勉強会」をしばしば開いて回っていました。

「藤岡信勝(ふじおか・のぶかつ)」
いや、問題は決して共産党員だったことではなく、
「湾岸戦争をきっかけに転向するまで」共産党員だったことである(笑)
そう、なんとこの藤岡センセイ、40過ぎるまで共産党員だったのだ!


現在こちこちの右翼とか保守だという人が、
むかし学生運動や左翼活動にかかわっていたところで、
べつだん珍しくないということです。
それゆえそれで「左派的な立場からものを見れて」
「見識が広い」とは、わたしは思わないです。

林道義氏なんて「多くの個体が共有している獲得形質なら、
遺伝子に取り込まれて遺伝する可能性がある」なんて、
とんでもないことを信じていたりします。
獲得形質が遺伝するはずないことを知らないなんて、
びっくりするくらい「見識が狭い」と思います。

「林道義氏、ふたたび反論」


かつて学生運動や左翼活動にかかわっていた
現在の保守や右翼は、左派的な活動手法であれば、
持ち込んでいることがあります。
保守、右翼に転向してからの活動も、左派的な活動手法は
そのままということも少なくないです。

「新しい教科書をつくる会」は、
現在扶桑社系と育鵬社系に分裂しています。
かねてから内紛を繰り返した結果なのですが、
これも藤岡信勝氏が持ち込んだ左派的な
活動手法のうちだと言われています。

「「藤岡信勝氏は手法が全く共産党的」伊藤隆氏指摘」


posted by たんぽぽ at 08:45| Comment(0) | 政治活動・市民運動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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