2018年09月24日

とあるマジョリティの被害意識

「四条烏丸(旧:もも281)」が、選択的夫婦別姓の推進派を
「過激派」などと言うのは、自分がちょっかいを出したら
相手から反論されてやり込められたので、
それを根に持って言っているだけだと思います。

「ツイッターだけが世界なのか?」
「過激な選択的夫婦別姓推進派はだれ?」
「「夫婦別姓賛成急進派」はだれ?」

 


「四条烏丸」には、被差別マイノリティが自分に反論しただけでも、
すでに「攻撃的」で「過激」なのかもしれないです。
被差別マイノリティとは、自分がいくら叩いても反論せず
おとなしく踏みにじられているべき存在くらいに、
「四条烏丸」は考えているということです。

自分のほうがはるかに優位だと思っていた相手から、
予想に反して反論されてダメージを被った、
それで自分が受けた「被害」が大きく感じられて
「あいつらは攻撃的で過激だ」という
被害者意識におちいるということです。


「四条烏丸」のようなマジョリティや社会的強者が、
被差別マイノリティに議論を仕掛けたところで、
やり返されるのは、ある意味あたり前のことです。

被差別マイノリティは、その問題についてむかしから
研究や活動を続けて、とても詳しくなっています。
マジョリティ風情の生半可な知識では、
とうてい太刀打ちできるものではないということです。

しかも被差別マイノリティにとっては、
自分の生活や尊厳がかかっていることです。
議論に負けたら「あとがない」のですから、
自分を守るためになおのこと必死になります。
議論に負けても失なうもののないマジョリティ風情とは、
背負っているものが違うということです。



相手がスペシャリストでかつ自分の生活が
かかっていると思ったら、その問題についてしろうとの自分が
議論をふっかけることは、通常はしないと思います。
無謀であることがあきらかだからです。

相手が被差別マイノリティだと、その「無謀」なことをする
というのは、被差別マイノリティゆえに差別し
ばかにしているので、自分が議論をふっかけても
簡単に叩けるだろうと、見下すからだと思います。


「ろくに見識もないのに自分から手を出しておいて、
相手から反論されたら攻撃的だ過激だと決めつける」
かかる被害者意識は「四条烏丸」だけが特別とは思わないです。
差別的傾向のあるマジョリティや既得権益者、社会的強者には、
よく見られることだと思います。


posted by たんぽぽ at 19:41| Comment(0) | 政治活動・市民運動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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