2018年07月28日

その「一体感」は独善的では?

7月15日エントリ7月16日エントリの続き。

「女性は多くがみずから結婚改姓を望んでいる」という
ナイーブな認識をお持ちであり、子どもや孫と苗字が
異なるという現在でもあることに対して
「ぞっとする」という、選択的夫婦別姓の反対派です。

ほかには、結婚改姓にともなう心理的負担や
社会生活上の不利益より「家族の一体感」のほうが
ずっと大事だ、という主旨の主張をしています。

 


心理的負担や社会生活上の不利益でしたら、
いくらでも書かれたものがあると思います。
疑問に思うなら、それらを参照すればいいと思います。

「なぜ選択別姓(非改姓婚)が必要なのか?」

具体的には、アイデンティティの問題、職業上の不利益、
結婚相手に対する従属感、さまざまな名義変更の手間、
プライバシーの暴露、といったことがあるでしょう。

職業上の不利益に関してより詳しくは、仕事だけの関係で、
ときどきしか会わない相手に改姓を知らせること、
国家資格の名前、給与関係など公正証書と連動させるもの、
結婚前に論文や名前の入った著作物がある場合の
業績の連続性と、いったことがあるでしょう。

こうしたことは、自分は結婚改姓する経験も
可能性もなく、それでいて夫婦同姓の強制に固執したいかたは、
わかろうとしないだろうと思います。
独りよがりに矮小化するだけでしょう。
その意味ではいくら情報を見せても無駄と言えます。


最初のツイートの反対派は、「結婚改姓にともなう
心理的負担や、社会生活上の不利益が少々あったところで、
家族の一体感のほうが大事だ」という主旨の
主張をしていることも、問題だと思います。

妻(配偶者)に結婚改姓の負担や不利益を押し付けておいて、
「俺たち夫婦は同姓だから家族の一体感がある」なんて
悦に入るなら、それは独りよがりな自己満足だと思います。

そのようなところに「一体感」なんて
本当にあるのか、考え直したほうがいいでしょう。
負担や不利益を押し付けられる側、すなわち犠牲になる側は、
自分を犠牲にした人や集団から、心が離れていくからです。

望まない結婚改姓をさせられて夫婦同姓に
なったところで、不本意な改姓をさせられた人は、
そんな家族から心が離れることになるでしょう。
それは「一体感」とまったく反対の
「離散状態」だと言わざるをえないです。


posted by たんぽぽ at 21:24| Comment(0) | 民法改正一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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