2018年02月18日

夫婦別姓反対派・生活感の欠如

2月12日エントリで、青野慶久氏が国を相手に
夫婦別姓訴訟を起こすのを見て、「妻に自分の苗字に
改姓させればよかった」などと言う、
選択的夫婦別姓の反対派を見てきました。

「妻に改姓させればよかった?」

この「妻に改姓させればよかった」という考えは、
ジェンダー差別性や選択的夫婦別姓制度に関する認識以上に、
深刻な問題をはらんでいると、わたしは思います。
それは「自分が嫌なことを結婚相手に押し付ける」です。

 

結婚相手というのは、愛し愛される生涯の伴侶です。
そこには多大な愛情と信頼関係が求められます。
そのような結婚相手に「自分が嫌なことを押し付ける」のは、
愛情と信頼を根底からつき崩すことになりかねないです。

「自分が嫌なことを結婚相手に押し付ける」なんて、
どうやったらこんな発想をためらいもなく出せるのか、
不思議で不可解なことだと、わたしは思います。

上記ツイートの反対派のひとりは、青野慶久氏のことを、
「実に身勝手この上ない」などとなじり飛ばしています。
この反対派こそ「実に身勝手この上ない」と思います。

単に自分がしたくないことを他人に押し付けるだけでも、
じゅうぶん身勝手すぎて人間性が疑われることです。
ましてや愛情と信頼の上に成り立つ相手に押し付けるとあれば、
なおさら人間性の欠如が疑われるというものです。


選択的夫婦別姓の反対派(非共存派)は、
このようなことを平気で言う人が珍しくないです。

それで彼ら反対派というのは、家族や結婚生活とは
どんなものかを、ろくに知らないのではないか、
そもそも恋愛のなんたるかさえ知らないのではないか、
という疑念が生まれることになります。
「生活感」が決定的に欠如しているということです。


選択的夫婦別姓の反対派は、その主張内容も
「日本の伝統がどうした」「中国や韓国がこうした」
「家族破壊の左翼がああした」と、おおよそ生活感のない
イデオロギーのお題目が多いです。

生活感のある人間関係とほとんど無縁なので、
こんな空疎なイデオロギーのお題目しか、
考えていられないのかもしれないです。
あるいはこんなお題目にばかり関心があるから、
生活感のある人間関係と縁がないのかもしれないです。
このあたりは「にわとりと卵」でしょうか。


posted by たんぽぽ at 23:21| Comment(0) | 家族・ジェンダー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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