2018年01月03日

夫婦別姓・個人的体験の持つ意味

選択的夫婦別姓の反対派の中には、
自分は結婚改姓したけれど、それでどれだけ自分が
満足しているかとか、自分に改姓の問題はなかったかを、
とうとうと語る人がいます。

はっきり言って意味ないです。



 
導入したい制度は「選択的」夫婦別姓です。
夫婦同姓を選びたい人は、民法改正後も改正以前と
同じように選択することができるからです。

夫婦同姓を選択したい人にとってのこの問題は
「自分と異なる他人の選択を、あなたは認めるか」です。
自分が夫婦同姓を選んだことについての
個人的体験はここでは関係ないことになります。


夫婦別姓を選択したいかたにとってこの問題は、
「他人と異なる自分の選択を、社会は認めるか」です。
夫婦別姓という選択肢はどれだけ必要とされているか、
そして必要な状況は具体的にどんなことがあるかを
把握することが、民法改正を実現する上で重要になります。

よって夫婦別姓を選択したい人が、
現状で夫婦別姓が認められないことで
具体的に自分はどんな苦労をしているかといった、
個人的体験を語ることは意味があります。


選択的夫婦別姓の推進派が、自分が夫婦別姓を
必要とする個人的体験を語ることが多いので、
反対派も自分は夫婦同姓でどれだけ満足しているか
という個人的体験を語れば反対する理由に
なるだろうと思うのかもしれないです。

選択的夫婦別姓の問題は、すでに選択が認められる
夫婦同姓の希望者と、まだ選択が認められない
夫婦別姓の希望者とで対称ではないです。
個人的体験を語ることは、夫婦同姓の希望者と
夫婦別姓の希望者とで、意味が異なるということです。


最初のツイートのかたにおかれましては、
ご自分は結婚改正しても問題なかったのは結構ですが、
「世の中には自分と異なる他人がいる」
ということを理解されたいです。





posted by たんぽぽ at 18:19| Comment(0) | 民法改正一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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