2017年12月24日

選択が強制されるから反対?

「選択的夫婦別姓は選択が強制されるから反対」などと
言った選択的夫婦別姓の反対派(非共存派)を
見たことがあります。

このような反対派(非共存派)も、以下の問いかけに
対しては「前者がいい」と答えるのでしょう。


 
「選択が強制される」などと言う反対派を見たとき、
反論に困ってついに屁理屈を並べだしたかと、
わたしは最初思っていました。

「反対派は他者に強制している」という批判を
繰り返し受けるので、それを不愉快に思って
自分たちが強制されるシチュエーションを探して
被害者づらしたかったのではないかと思ったからです。

実はそうでもなく、本当に自分のあたまで主体的に判断し、
選択することが嫌な人たちではないかとも思っています。
そういう人は残念ながら珍しくないみたいです。




自分で考えて決めるのではなく、だれかに決めて
もらったほうが、楽ということなのでしょう。


また自分で判断して選択したことであれば、
その選択に責任を持つ必要があります。
だれかに決めてもらったことなら、選択に責任を持つ必要がないし、
選択が間違っていもその人のせいにできるので、
自分は傷つかなくてすむということも、あるのかもしれないです。

選んだことが間違っていても 全部その人のせいにすれば 自分は傷つかなくてすむもの

選択も、その責任も 私が全部引き受けてあげる



そこまで自分の選択に責任を持つのが嫌なら、
そんな人こそ結婚しなければいいと思います。


選択的夫婦別姓の反対派は推進派に対して、
いつも「嫌なら結婚するな」と言っています。
また「結婚に対して責任を持たなければならない」と
推進派に対して説教する反対派もいます。
(「結婚改姓して夫婦同姓となることが
結婚に対する責任だ」と言いたいわけです。)

いつも推進派に対して言っていることを、
自分自身もしくは反対派の「お仲間」どうしで
言い聞かせればいいと思います。


posted by たんぽぽ at 23:48| Comment(0) | 民法改正一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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