2017年05月19日

だれが良識と自制心を忘れた?

それを言うなら、あなたが「理解できる」態度を示した
ネットの貧困高校生をバッシングした人たちこそ、
「良識とか自制心とかどこかに忘れてきた」と
呼ぶにふさわしい人たちだと、まさしく思いますよ。


 
「保育園落ちたの人はばりばりの左翼」発言の人は、
なににこんなにいきどおっているのかというと、
2016年12月にあった福島から自主避難してきた子が、
学校で同級生や教員からいじめにあう事件に対してです。

「新潟原発避難いじめ 市教委が謝罪 担任「親しみ込めた」」

原発事故の自主避難者を「菌」呼ばわりというのは、
間違った科学認識にもとづく深刻な差別ですし、
それはもちろん批判されてしかることです。


NHKの番組に出た貧困高校生に対するネットバッシングも、
間違った社会認識にもとづく深刻な差別です。
加えて国会議員まで便乗するという悪質さもあります。

「子どもの貧困とバッシング」
「子どもの貧困とバッシング(2)」

ところが5月13日エントリでお話したように
「保育園落ちたの人はばりばりの左翼」の人は、
貧困高校生に対するネットバッシングに対しては、
「理解できる」という態度を示しています。

「弱者が弱者を見つけて叩く」


貧困高校生をバッシングをした人たちのことを、
「良識とか自制心とかどこかに忘れて来た糞野郎」と
なじったり、「これ以上人間の言葉を吐くな」と糾弾したり、
「片山さつきは議員バッジもいらんだろ」とか、
このかたは言ったりはしないのかと思います。

あるいは、「国の原子力政策の不徹底の反動として
新潟市教育委員会みたいなのが『よっしゃ、よく言ってくれた』と
なっているんじゃないの?」と言う人がいたら、
このかたは納得するのかと思います。


貧困高校生のバッシングに加担した人たちは、
事件以来現在にいたるまで、ひとことも謝罪することなく、
自分たちは正しいことをしているという
思い上がった考えにのぼせ続けています。

新潟市の教育委員会の人たちは、まがりなりにも
問題を受け止め、メディアの前で謝罪をしています。
貧困高校生のバッシングに加担した人たちや
片山さつきに比べたら、新潟市の教育委員会の
人たちのほうが、ずっとましだと思います。


原発事故の自主避難者を、教員ぐるみでいじめるというのは、
たしかに問題であり批判されることです。
それは「これ以上人間の言葉を吐くな」とまで言われて、
人格や人間性を否定されることかとも、わたしは思います。

「保育園落ちたの人はばりばりの左翼」発言の人は、
自分が悪と決めたものは、いくらでも攻撃してよいとでも
思っているのかもしれないです。
「正義を懐疑する3条件」の3つ目、「相手が悪だったとして、
そこまで徹底的に叩きのめしてよいかを疑え」です。

「正義を懐疑する3条件」

1. 自分が本当に正義かを疑え
2. 相手が本当に悪かを疑え
3. 相手が悪だったとして、そこまで徹底的に叩きのめしてよいかを疑え


貧困高校生をネットでバッシングした人たちも、
便乗した片山さつきも、彼らに対して「理解できる」という
態度を示した「salmo」も、なんら悪びれることなく
現在にいたるまで、人間のことばを吐き続けています。

なので、新潟市教育委員会の人たちが、
人間のことばを吐いたところで、ぜんぜん問題ないと思いますよ。




posted by たんぽぽ at 23:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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