2016年07月10日

24条の改正と「女の問題」

メインブログの7月10日エントリで取り上げた、
憲法24条は「女性だけの問題」ではないという記事の、
ほかのところを見てみたいと思います。

「憲法24条を「女だけの問題」にしてはいけない」
(はてなブックマーク)

>個人主義否定

はじめに憲法24条が改正されることは、なにを意味するかを述べています。
それは個人主義を否定し、家族のための個人があるという思想です。
「家族は、互いに助け合わなければならない」という文言で
それを示すことになります。

改正草案はなぜ、「家族は、社会の自然かつ基礎的な
単位として、尊重される。」からはじまるのか。
それにはまず13条の改正草案を見なければいけない。

現行憲法では、「すべての国民は個人として尊重される」なのに、
草案では「すべての国民は人として尊重される」となっているのだ。
「個人」と「人」の違いは大きい。

「個人」とはそれぞれの人間のことをさすので、
「個人の尊重」という言葉は多様な人間の1人1人が尊重されるということだ。
一方の「人」とは、動物とは違うというくらいの意味しかない。
個人から人への変更は、「個人主義」を嫌う自民党らしい大きな意味を持つのだ。 

自民党は個人主義を目のカタキにしているのでした。
一般に因習・反動的なカチカンを維持したい人たちは、
個人主義のせいでそれが損なわれたと考えて、
個人主義を絶対悪のように攻撃する傾向があります。

「自民改憲草案・女性の地位」

「(憲法を考える)自民改憲草案・家族:下 女性の地位向上は個人主義?」
2004年、衆院憲法調査会で自民党議員が発言していた。
「(24条)が行き過ぎた個人主義という風潮を 生んでいる側面も、
私は否定できないと思う。


>世界人権宣言16条

自民党が改憲草案の24条を弁護する際に持ち出す、
世界人権宣言16条についても触れています。
人権宣言にある「(家族は)社会及び国の保護を受ける権利を有する」
という文言が、自民党の改憲草案にはないという指摘があります。
(そう言えばそうだ。気がつかなかった。)

自民党は、世界人権宣言16条にも「家庭は、社会の自然かつ
基礎的な集団単位」と書いてあるというのだが、
人権宣言ではこのあとに「(家族は)社会及び国の保護を
受ける権利を有する」と続いている。

ところが改憲草案には肝心のそれが書かれていない。
「家族の問題は家族だけで解決しろ、国は保護しない」ということなのだ。

ここに自民党の憲法草案の24条は、社会福祉を削減して、
家庭の自助に負担させる意図があるという、
ときどき言われることが確認できることになります。

「自民改憲草案・家族の助け合い」
「自民改憲草案・扶養義務」

世界人権宣言16条うんぬんは、自民党の改憲草案も
世界人権宣言に則ったものだと言いわけするためだろうとは、
わたしも前にお話したことがあります。
それだけでなく「社会及び国の保護を受ける権利を有する」を
全部カットして都合のよい取り出しかたをするという、
一種のトリミングもしていることになりそうです。

「世界人権宣言と家族条項」

「世界人権宣言(仮訳文)」
第十六条
3 家庭は、社会の自然かつ基礎的な集団単位であって、
社会及び国の保護を受ける権利を有する。


>両性の合意「のみ」

現行憲法の「両性の合意のみ」の「のみ」が、
自民党の憲法草案で消えた理由についても考察しています。

消えた「両性の合意のみ」、「配偶者の選択」、「住居の選定」

2には、変更点がないようにえる。
しかし、「婚姻は、両性の合意のみに基いて」が、
改正草案では「婚姻は、両性の合意に基いて」となり、
「両性の合意のみ」を「両性の合意」に変えている。

婚姻には、両性の合意だけではなく、他の誰か——たとえば戦前のように
「家長」——の合意が必要だということを匂わせているのだ。

3では、「配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、
離婚並びに婚姻及び家族」が、改正草案では
「家族、扶養、後見、婚姻及び離婚、財産権、相続並びに親族」となっている。

「配偶者の選択」「住居の選定」が消え、「扶養」「後見」「親族」が増えている。
配偶者や住居を選ぶのは個人の自由ではない。
扶養や後見が重要だ、それも家族だけではなく、
親族まで面倒を見ろということだろう。

これは何度かお話していますが、本人以外の第三者の意思が
結婚に介入できるようにするためのものです。
具体的には家族や親族で、家のために結婚する
戦前の「イエ制度」への回帰を目的としているということです。

「自民改憲草案・両性の合意」
「憲法24条と望まない結婚」


>24条をターゲットにした動機

ついで自民党の改憲派が24条をターゲットにした動機です。
自民党が24条に目をつけた背景には、男女平等阻止と、
ジェンダーフリーバッシングと、夫婦別姓反対という
「女の問題」に対する成功体験があったからだと言われる。

日本会議にはこうした成功体験があって、その手法を活用して、
いよいよ憲法改正に手をつけようとしているのでした。
もともと日本会議のメインターゲットは24条であり、
「オンナコドモの問題」だったということでしょう。

「日本会議・運動の手法」
「日本会議・ミソジニーの本質」

「日本会議研究 下 家族編 別姓反対 「広げた」運動」
「政府に夫婦別姓を導入する動きがない今は、
家族を憲法にどう位置づけるかが課題だ」と、
日本会議の村主(むらぬし)真人広報部長は言う。

いま、日本会議はこれまでに「成功」した手法を総動員し、
憲法改正を目指している。


>「女の問題」への矮小化

ジェンダー問題に関して、政府は「雇用均等」とか
「共同参画」とか、あまり馴染みのないことばを使います。
これはなんと「男女平等」ということばを
どうしても使いたくなかったからだったのでした。
どれだけ女性差別が好きなのかと思います。

ここで「男女雇用平等法」、「男女平等社会基本法」とすればよいものを、
わざわざ「雇用機会均等」だの、「共同参画社会」だのという
用語をひねり出したのは、どうしても「男女平等」という
言葉を使いたくなかったからだ。

それでも「男女」を上につけていて、男性の問題でもあって、
女性だけの問題ではないというスタンスを続けてはいたのでした。

安倍政権になって「女性活用」とか「女性が輝く」と言い出して、
「女の問題」ということに矮小化をしたことになります。
この変更はたとえば内閣府の世論調査にも表れています。
2012年までは「男女共同参画社会に関する」だったのですが、
2014年は「女性の活躍推進に関する」になっています。

「共同参画から女性活躍へ後退」
「共同参画から女性活躍へ後退(2)」

「【総選挙2014】多様な女性政治家が誕生するために、
「女性代表」を求めなくていい」

「男女共同参画」は保守派の嫌いな「男女平等」であり、
「女性活躍」であれば女性の問題と男性の問題を切り離すことができる。



関連エントリ:

「話題にならない憲法24条」



付記:

このエントリもいままでの「復習」みたいになりました。


posted by たんぽぽ at 08:25| Comment(0) | 法律一般・訴訟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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