2016年05月14日

差別認識と男性差別論者

5月11日エントリの続き。

前にご紹介したエントリであまり言及していない
「自分の周りの事例を過度に一般化」することについて、
少し触れたいと思います。

「男性差別は何処?」
上記のような現状があるにもかかわらずなぜ彼らは
「女尊男卑な日本社会」という虚構を信じ込んでしまったのでしょうか。
自分の周りの事例を過度に一般化したという可能性を除けば、


差別というのは、カテゴリ間にある社会構造の問題です。
強者カテゴリにある人が、強者カテゴリにいるという状況を利用して
弱者カテゴリにある人の搾取や抑圧をすることです。

http://h.hatena.ne.jp/kmizusawa/9259273279753092783
「差別が構造の問題であることのわかりやすい例示」

差別問題にあまり詳しくない人は、差別は社会構造の問題
ということが理解できず、個別の振る舞いや
具体的状況でしか理解していないことが多いです。

こうした人は自分の視界に入ることだけで、
差別問題を理解しようとする特徴があるし、また自分の眼に
見えないことは、わりと簡単に「存在しない」ことにします。

だって俺らが生活していて、ふだん目に入ってくるのは、
個別の具体的状況だもんね。

たいていの人は自己中なものだ。
そして目に入らないことや考えないことは簡単に「ない」ことになってしまう。


いわゆる「男性差別論者」も、差別は社会構造の問題である
ということを理解していることはほとんどないです。
たいていは学術的な裏付けのまったくない、
自分のあたまの中で作った「我流の差別論」を展開します。

「男性差別論者」も差別問題について基礎的な認識が
なっていない人のご多聞にもれず、自分の視界に入る
「個別の状況」で差別問題を理解するのでしょう。

彼らが眼に入りやすい「個別の状況」とは、
「男性としての既得権」を得られなくて
割を食っていることとか、「男社会」において、
「男性らしくない」として冷遇されるといった、
「自分こそ本当の被害者である」と実感できることです。


女性に関することは「レディースデー」や「女性専用車車両」など
表面的で眼に付きやすいことばかり見えることになり、
「女は優遇されている」という認識を強めていくことになります。

賃金のジェンダー格差女性議員の数の少なさ
民法改正の立ち遅れといった、社会にたくさんある
厳然とした女性差別は、彼らには「見えない(見ようとしない)」ので
「存在しない」ことになったり、自己中心的な「理由付け」をして
「差別でない」ことにしたりします。

「男性差別論者」は「自分は被害者である」という
強い被害者意識を持っているので認知バイアスがかかり、
なおさら自分の被害者意識を正当化する
ものの見かたを強めていくことになります。

よって「女や高齢者や障害者ばかりが優遇されてる」
「真面目に働いている俺らはたいして報われないのに
怠け者の主婦や無職者や生活保護受給者は俺らの税金や誰かの稼ぎで
ぬくぬく暮らしてる」ていうような認識になってしまう。


こうした「弱者男性論者」の被害者意識は
「外国人や移民が俺たちの福祉を奪っていく」というような、
排外主義者の思考と同種であると考えることもできます。

さらにこれに「外国人が俺らの職を奪うのではないか」とか
「参政権与えるとのっとられるのではないか」とかいう疑心暗鬼と不安。
目の前のことと漠然とした不安のせいで
自分こそがいちばんの被害者っつーことに
なってるんだよな大半のマジョリティは。

実際、「弱者男性」の中には彼らにとっての
「仮想加害者」に対して異様に攻撃的になる人もいるし、
さらには暴力事件にまで発展することもあります。

「結婚しない女は死刑?」
「女性を嫌い殺戮した瞬間大量殺人鬼」
「サンタバーバラの非もて」


「自分の周りの事例を過度に一般化」という精神構造を
詳しく見ていくと、差別が社会構造の問題という理解が
できていないということだろうと、考えられることになります。

個別の状況だけで差別問題を判断したり
眼に見えるものしか認識しないのは、
差別問題を適切に理解しない人の一般的特徴であって
「男性差別論者」に特徴的ではないとは言えます。

「男性差別論者」は一般的な人たちより
被害者意識を強めていることは確かでしょう。
その被害者意識は排外主義者に見られる「憎悪をあおる人」と
同種でもあり危険性もあることだと言えます。



posted by たんぽぽ at 08:55| Comment(0) | 家族・ジェンダー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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