「スウェーデンは強姦大国」という言説は、おそらく武田龍夫氏の
『福祉国家の闘い』という本が発端ではないかと思います。
http://taraxacum.seesaa.net/article/434499692.html#comment
2.スウェーデンでは日本の50倍ほどの強姦事件が起きています。
これは移民政策も関係しているとは思いますが、
それだけではノルウェーとの差が説明できないように思います。
http://totb.hatenablog.com/entry/2015/03/23/203802
(2016年03月12日 01:04)
この本には「スウェーデンは強姦の発生率が日本の20倍」と書いています。
それでスウェーデンは「強姦大国」と思い込む人が、
たくさん出てくるようになったものと思います。
「犯罪の実態はまさに質量ともに犯罪王国と呼ぶにふさわしいほど」で、
刑法犯の数はここ数年の平均は日本が170万件、スウェーデンは100万件。
日本の人口はスウェーデンの2倍ではない、17倍である。
10万人あたりで、強姦事件が日本の20倍以上、強盗は100倍以上である。
銀行強盗や商店強盗も多発しているという。
10万人あたりの平均犯罪数は、日本の7倍、米国の4倍である。
(『福祉国家の闘い』武田龍夫氏著、134ページ)
武田龍夫氏は「他国と単純に比較してはならない」という
犯罪統計を見るときの基礎的な認識もないようです。
この問題についてはまったくのしろうとと言ってよいでしょう。
出典に関しても、「スウェーデンの統計を読むと」と、
134ページに書いているだけの、非良心的なものです。
参照したと考えられる統計資料を探したかたもしますが、
「強姦20倍」にあてはまるデータは見当たらないようです。
http://d.hatena.ne.jp/seijotcp/20060601/p2
たとえば「UNODCのデータを元にした比較データ」を見てみると、
強姦は日本が1.2~1.7であるのに対し、
スウェーデンは14~15となっていて、約10倍。
強盗は、日本は1.82~4.07であるのに対し、
スウェーデンは65.08~75.04となっていて、約35倍。
20倍、100倍は誇張だと思うけれど、比較方法によっては
それなりに近い数字を算出(演出?)できるかもしれない。
たとえば別の年度にするとか、比較年度を統一しないでみるとかね。
『福祉国家の闘い』という本自体が、ひたすらスウェーデンの
悪口を書き散らすだけの、とても外交の専門家が
書いたと思えない、中身のないしろものだったりします。
「哀しき他虐史観の産物」とはよく言ったものです。
「哀しき他虐史観の産物」
武田さんは「複線思考」(まえがき)が大切だっていうけど、
この本自体は「スウェーデンの現実は暗い」っていう単線をひたすら走る。
つまり「単線思考」の他虐史観に立ってるのだ。
この本をどう読めば複線思考になるのか、僕にはわからない。
次に、この本の副題は「スウェーデンからの教訓」だけど、
僕らに役立つ教訓はあまり書いてない
生活経験や知識が豊かな人によって書かれたとしても、
読者に何も与えない本を読む意味はない。
武田さんは「いささか刺激的な内容でもあり、誤解は避けられないかもしれない」
(はじめに)っていうけど、それ以前の問題だろう。
読んでるうちに他人の悪口を内緒で聞かされてる気になって哀しくなり、
読みおわると買ったことを後悔して哀しくなる、
そんな「一粒で二度おいしい」哀しき他虐史観の産物だ。
この『福祉国家の闘い』という本を、林道義氏に代表される
「反フェミ」論者が眼につけ、「スウェーデンで強姦が多いのは、
選択的夫婦別姓を認めたり、夫婦共働きが進んだりと、
女性の権利が認められているからだ」などと主張したのでした。
それで「反フェミ」の人たちによく知られるようになったのでした。
ご存知のようにスウェーデンは、社会福祉や家族政策が充実していて、
女性の権利も多く認められている国です。
そのため社会福祉やジェンダー問題にたずさわっている人たちは、
しばしばモデル国家としてスウェーデンを評価することがあります。
こうした状況を「反フェミ」の人たちはゆゆしく思っていたのでしょう。
そこへ武田龍夫氏の『福祉国家の闘い』という、スウェーデンの批判
(というより悪口)を、たくさん書いた本が出てきたので、
これさいわいと便乗したということだと思います。
00年代のジェンダーフリー・バッシングに関わったかたなら、
「スウェーデンは強姦大国」に根拠がないことはよく知っているでしょう。
当時からいくつも批判も書かれていました。
「スウェーデンをディスるコピペに対する疑問」
「スウェーデンは犯罪大国か?」
選択的夫婦別姓も標的にされたので、わたしも把握しています。
わたしも以下のコンテンツで触れています。
「スウェーデン・バッシング」
付記:
犯罪統計を読む際、国どうしで単純な比較ができないこと、
『福祉国家の闘い』がその間違いをしていることも、
当時書かれた反論のエントリには言及があります。
http://d.hatena.ne.jp/seijotcp/20060601/p2
ただ、「UNODCのサイト」でも但し書きがされているとおり、そもそも国によって犯罪の定義やカウント方法がまったく異なるため、各国の報告件数をもってして「犯罪率」を比較するということはできないという大前提には注意が必要。別のデータ、「ICPO調査」とか「UNITED NATION Office on Drugs and Crime」(PDF)なんかではこれまた異なる数字が出されているし、集計の仕方もまちまち。このあたりは「スウェーデンは犯罪大国か?@磁石と重石の発見」というエントリーでも指摘されている点ですね。そもそも日本国内でも、年や白書によって数値や定義が変わっていたりする点に注意を必要とするわけで、他国と比較するのであればなおさらかも。
つまりこういう数値でわかることは、あくまで「どの国が、どの犯罪を何件としてカウントしているか」ということであって、それが即「犯罪事情」を表しているということではないということです。もしちゃんと「実情」を比較するのであれば、各国の基準を調べた後、基準をそろえなおした上でデータを再集計しなおしたりする作業が必要不可欠になる。特に「強姦」などは、「UNODCのサイト」にも「In the case of some categories of violent crime - such as rape or assault - country to country comparisons may simply be unreliable and misleading」と明記されているくらい、比較に際しては注意が呼びかけられているし。
たとえば『European Journal on Criminal Policy and Research』に掲載された「Crime Statistics as Construct: The Case of Swedish Rape Statistics」という論文では、スウェーデンは他のヨーロッパの国々より約3倍ほど「強姦」の率が数値上多いけど、それは実際に3倍強姦されてるわけではないので単純に比べられないという指摘がされている。数値上多く見える理由として、統計上の要因、法律上の要因、実質的な要因がそれぞれ列挙されており、要するに他の国より強姦の判定が厳しいことも考慮して吟味しなければならないと書かれている。
この論文では、スウェーデンでは婚姻例外は適用されないので夫婦間でも強姦がカウントされること、届け出された時点で件数にカウントされること、強姦の回数分カウントされるためたとえば同じ人に100回強姦されたら100件とカウントされること(夫婦間で長期間「強姦」があったことが発覚したら、大きくはねあがる)、一度カウントされた場合、誤認だとわかっても数値の上では訂正されないこと、未遂でもカウントされること、本人の申告だけではなく第三者で届出可能なこと、強姦と殺人を同時にすると殺人1+強姦1で数えられること、男女間の性交に限定せずオーラルセックスなども含まれるため、日本では「猥褻行為」や「痴漢」などとされるものもカウントされることなどなど、要するにスウェーデンは強姦に対しての判定が厳しいがゆえに強姦の率が数値上多くなっているのであって、その数値をもってして単純に比較はできないということが指摘されている。
http://d.hatena.ne.jp/dokusha/20050510#p2
アンナ・リンド外相の殺人事件で、The Observerはスウェーデンの犯罪件数は比較的多いと載せた。2年前に出た日本のある新書においても、スウェーデンの犯罪は多いと載っている。両者の根本的問題は、インターポールの数字は比較資料としては使えないということを理解していないことである(なお日本の新書は原典を明記していないが、インターポールの数字がもととなっていると思われる)。私は犯罪学の専門家ではないが、犯罪統計における一番の問題は統計の比較性の問題である。具体的には国によって何を犯罪に含むかが異なり、また統計の取り方が異なる。たとえば強盗殺人を強盗と殺人2件として扱うか、殺人として扱うかが国によって異なる。同様にして何時の時点で統計に含むかも異なり、未遂事件の取り扱いや、最終的に事故として結論付けられたが殺人事件として警察に訴えが為された事件の取り扱いも異なる。このようにして、インターポールの統計では2001年度のスウェーデンの殺人は892人となっているが、実際は167人で、5.5倍になる。犯罪率についてもこのような誤解があるものと思われる。