2016年01月22日

日本的労働・福祉観の反映?

メインブログの1月21日エントリで、「アベノミクス」で実質賃金が
下がっているのは、物価の上昇よりも賃金のジェンダー格差のせいだと、
首相がみずから語ったことをお話したのでした。

「安倍首相、妻がパートで働き始めたら「月収25万円」 例え話が波紋」
「安倍首相が反論「妻がパートで25万円とは言っていない」」

この答弁の中で見過ごせない言い回しがあります。
単なる「言葉尻」かもしれないですが、安倍首相の労働や福祉に対する
認識が反映されている可能性もあります。


「ご指摘の実質賃金の減少についてでありますが、景気が回復し、
そして雇用が増加する過程において、パートで働く人が増えれば、
一人当たりの平均賃金が低く出ることになるわけであります。
私と妻、妻は働いていなかったけど、景気が上向いてきたから
働こうかということで働き始めたら、(月収で)私が50万円、
妻が25万円であったとしたら、75万円に増えるわけでございますが、
2人で働いているわけですから、2で割って平均は下がるわけです」

「景気が上向いてきたから働こうか」のくだりです。
通常は「景気が上向いてきたから働ける」だということです。
景気が悪いときは雇用がないので選択の余地なく働けないのであり、
自分の意思で働かないのではないということです。



このように意思に反して余儀なくされていることを、
「自分の意思でそうしている」と取り違えることは、
「貧困は自己責任」という発想のもとになっているわけです。

それは「貧しい人は怠けて働かず、福祉にたかろうとしている」という、
「日本的」な労働観や福祉観、貧困観のもとにもなります。
「母子家庭は怠け者」発言もこのような発想があるわけです。

「母子家庭は怠け者発言」

行政が貧困対策に即効性のある現金給付をしたがらず、
貧困層の雇用状況の改善をしないまま「就労支援」だけ進めるのも、
同じような発想にもとづくことになります。

「貧困対策はなぜ現金給付か」



関連エントリ:

「実質賃金の低下と男女格差」



posted by たんぽぽ at 23:33| Comment(0) | 政治・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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