2015年03月19日

わかりにくい別姓の文章

選択的夫婦別姓法案が最高裁大法廷回付されたことは、
話題を作ることになったようで、触発されて夫婦別姓の記事を
書く人も出てくるみたいです。

以下の記事のそうした中のひとつです。
なにを言いたいのかわかりにくいし、たいくつな内容なのですが、
話題になるということは、こういう文章を書きたくなる人も
出てくるということなのだな、と思ったです。

「夫婦別姓を選択できるようになったら迷惑な人は、別に普通に存在する」
(はてなブックマーク)



わかりにくい文章だけど、苦労しながら読んでいくと、
言いたいことの中心は、どうやらここらしいと判断できます。
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更年期のババアが、「別姓でいいじゃない、
できるんだからそうしなさいよ」と言ってくる可能性はあるわけです。
糞ジジイが、「さて、ウチに来ないことも選択できるわけだけど、
お前の嫁はどうするんかね」と言うことができるわけです。

今は「そういう規則なんで」つって「夫の姓しか選べないことに
なってるからご期待に添えられずすまんね」つって、
そういう風に済ませられるほうがよっぽどラクだとは思うんだよね
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選択的夫婦別姓が認められると、「選択できるのだから別姓にしろ」と
圧力をかけてくる外野が出てくると言いたいようです。
それで現行の同姓強制だと、「同姓しか選択できないから無理です」と
言って断わりやすいと、言いたいもののようです。


こういう圧力をかける人たちの存在に、現実味はないと思いますよ。
世の中は広いですから「絶対にいない」とは断言できないし、
「絶対にいない」ことの証明は「悪魔の証明」ですが、
「普通に存在する」ことはない、くらいは言えます。

いまの日本社会は「女が改姓して夫婦同姓」というのが、
「スタンダード」であり「無徴集団」なので、
「当たり前」として容認されやすく、周囲からの抵抗を最も受けないです。
よって女が改姓して夫婦同姓にしたかたに対して、
いちいち理由を訊いてきたり、なにか圧力をかけてくる人がいるとは、
とても考えにくいことです。

夫婦別姓を望む人というのは、自分の生活を解決したいのであって、
他人がどうするかについては、基本的に関わらないスタンスです。
この観点からも、他人に対してわざわざ「別姓にしろ」などと
圧力をかける人というのは、めったにいないと思います。

わたしは10年以上、選択的夫婦別姓問題に関わっていますが、
「別姓にしろ」と赤の他人に圧力をかける人なんて、見たことがないですよ。
記事を書いた人があたまの中で作った「仮想反対派」だと思います。


圧力をかける人たちとして、記事を書いた人はなぜか
「更年期のババア」や「糞ジジイ」を登場させています。
ようは中高年層ということですが、
なんだこの偏見丸出しの書きかたは?と言いたくなります。

一般には高齢になるほど、選択的夫婦別姓に対する
理解はとぼしくなり、「夫婦は同姓であるべき」と考える人が
多くなることは、内閣府の世論調査などがしめしています。
「別姓にしろ」と圧力をかける人たちとして、
中高年層を想定することもまた、リアリティのないことだと思います。

どうやらこの人は、「柔軟性の無」く「多様性を認め」るのを
「嫌がる層」として、中高年層を登場させたつもりみたいです。
柔軟性がなく多様性を嫌がる人たちのほうが、
夫婦同姓であるべきと思っていて、夫婦同姓を選択した人のことを
なにも言わないことに、気がついてもよさそうなものです。


選択的夫婦別姓が認められたときの「迷惑」がこの程度なら、
アイデンティティの問題や、仕事上の不利益
改姓にともなう手続きの負担など、夫婦別姓が認められない現状で
不利益を被る人たちの負担のほうが問題なく大きいですね。

周囲からの圧力も、女性が非改姓結婚をして
夫婦別姓にしているかたに対してのほうが、ずっと強いです。
「女が改姓して夫婦同姓」という「スタンダード」から外れる
「有徴集団」なので、それだけで理由をいちいち訊いてきたり、
問題視する人がいるからです。

柔軟性がなく多様性を嫌がる人たちほど、
夫婦別姓に対する忌避感や嫌悪感が強くなります。
「家族思想」を信仰していて、「異教徒」である別姓夫婦を
なくすべきと考える人も、いまもってたくさんいます。

こうした別姓反対派(非共存派)こそ、自分の信念のために
他人の選択に干渉することを、なんとも思わないどころか、
その人のためになることをしていると、錯覚さえしています。
周囲からの圧力がそんなに深刻だというのなら、
夫婦別姓を選択したかたの心配をしてほしいものです。


どこにいるのかわからない「仮想反対派」を作り上げて、
ささいな「迷惑」とやらを考え出して、
あたかも選択的夫婦別姓が認められたときの重大な問題を
指摘したつもりになるというのは、じつに失笑することだと思います。

このような「迷惑」が顕在化すると主張するなら、
データをそろえて根拠をもってしめすことですね。
「普通に存在する」のなら、統計にも乗っかってくるし、
ケーススタディのサンプルを探すのも簡単でしょう?

この程度の実証的な態度も取れないのなら、
こんなわかりにくい文章を書き散らしてくれたところで、
選択的夫婦別姓の導入に対する「足止め効果」にもなって、
単なる「嫌がらせ」でしかないと、わたしは思います。



posted by たんぽぽ at 21:40| Comment(0) | 民法改正一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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