2015年03月08日

同姓強制の見えない犠牲

自分が結婚をするとき、別姓(非改姓結婚)が選択できたなら
そうしていたけれど、認められないのでやむを得ず
結婚改姓したかたはたくさんいらっしゃると思います。
そして最初は改姓に違和感や抵抗があったけれど、
やがて旧姓のことはあきらめたというかたも、すくなくないでしょう。

https://twitter.com/moetreehaihai/status/569038664069591041
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今ではもう旧姓で名乗るのが面はゆいしなんだか違和感あるし。
わたしはもう「モリさん」でしかない。
でもこれは感覚としては夫の家に「入った」という感覚ではなくて
わたし自身が「モリさん」になったというべきか。・・・わかる?
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名字が変わったあとから知り合ったかたは、
婚氏しか知らないことも多いでしょう。
改姓してから時間が経つほど、婚氏で自分を認識する人が
だんだん増えていくことになります。

公的な書類も、職場に登録する名前も、婚氏のものが増えてきて、
婚氏を使わないと不便な状況も増えてきます。
自分自身の認識も、だんだんと婚氏でないと
かえって自分でないような感じになってもくるわけです。


こういうかたは、アンケートや世論調査でも、
「夫婦別姓(非改姓結婚)を希望する」とは答えないことが多いでしょう。
統計には現れないことになるので、選択的夫婦別姓を希望すると
思われにくいし、存在自体を把握されにくくなります。

また動機が強くないから夫婦別姓とか、自分の改姓の不満について
語りたいと思うことも、あまりないと思います。
それゆえ他者からは結婚改姓したことになんら問題がなく、
現行の夫婦同姓強制でも不満がないように、思われることになります。

とくに男性のかたには、「女性は結婚改姓がうれしいのだろう」という
漠然とした思い込みがあることも多いと思います。
また反対論者(非共存派)は、現状で問題ないと思いたくて、
こうしたかたの存在を積極的に否定するだろうと思います。
こうしたいよいよ「いない」ことにされるということです。


いわば夫婦同姓強制の「見えない犠牲」であり、
一種の「サバルタン」とも言えます。
このようなかたは、じつは結構たくさんいらして、
現状の同姓強制は、すくなくないあきらめや我慢の犠牲の上に
成り立っているのではないかと、わたしは思っています。

「非改姓婚を望む人たちの数」



付記:

最初にご紹介のツイートは、
3月6日エントリでご紹介のツイートの続きです。


posted by たんぽぽ at 20:14| Comment(0) | 民法改正一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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