2014年09月16日

正義を懐疑する3条件

正義を懐疑する3条件。
これらはつねに念頭に置いておきたいものです。



箇条書きにして整理すると、
1. 自分が本当に正義かを疑え
2. 相手が本当に悪かを疑え
3. 相手が悪だったとして、そこまで徹底的に叩きのめしてよいかを疑え
になるでしょう。

自分が「正義」と確信した人は、無遠慮に攻撃的になります。
そして「正義」なんて往々にして独善的なことが多いです。
みずからを「正義」と確信した人たちの攻撃的態度によって、
引き起こされる惨劇はすくなくないです。
よって自分は本当に「正義」なのかと顧みることは、
つねに必要になってくるのだと思います。


わたしが思うに、これらのうち3.がとくに守れなかったり
理解できなかったりする人が多いようです。
ツイッターでも、3.についてわたしにいろいろと
異論を述べてきたかたがいらしたのでした。
これも3.がとくにわかりにくいことをしめしていると思います。

とくにネットには、自分が「正しい人」になりたがる人も多いです。
そうした人にとって他人の落ち度やあやまちは、
自分が「正しい人」になるために叩く「ねた」でしかなかったりします。
それゆえ眼前にある落ち度やあやまちを、なにかのゲームのように
全力をあげて攻撃することしか念頭になくなるわけです。

自分の批判が周囲にどのような影響を与えるかとか、
相手はそこまで徹底的に攻撃するに値する「悪」なのか、
といったことは、ぜんぜん顧みなくなります。
彼らはなぜ3.が大事なのかさえ、理解しようとしないでしょう。
彼らは「批判されるようなことをするのが悪い」と言うだけでしょう。


こうして自分が「悪」と決めた相手に対しては、
自身のリソースが許す限り攻撃することになっていくのでしょう。
それゆえ「正しい人」は怖いのだと思います。

「正しい人が怖いです」


posted by たんぽぽ at 20:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治活動・市民運動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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