2014年08月03日

女性参加者への優遇措置(2)

8月2日エントリで大学や職場のスポーツ大会で、女性の参加に対して
優遇するのが不満だと言っている記事のお話をしました。

「女性の参加一人につき一点」

このかたが、女性の参加に優遇措置をすることが考えられる理由として、
みょうなことを挙げているのですよね。
こんなことがあるんですか?と思います。
2.野球大会の出場者は殆どが男性で、その大部分は恋愛感情を
刺激するような女性が身近にいることに細やかな喜びを感じるような
種類の人間であると推測される。女性を出場させた講座は、
対戦相手の講座にもそうした細やかな喜びを提供しているのだから、
1点ぐらいはそのお礼としてもらって良い。
これは自分で思っているのか、自分は思わないけれど、
こう思っている人が大会主催者にいるだろう、ということなのかが気になります。

わたしがいた大学や職場にも、部署対抗のスポーツ大会はありましたが、
女性の参加に対してこのような意図があることは感じなかったです。
もしこんなことを本当に考えていたのだとしたら、気持ち悪いですね。


女性はほぼまちがいなく、男性から性愛的な眼で見られたり、
性愛的な近づきかたをされることに、警戒するでしょう。
職場のスポーツ大会は、本来性愛的なアプローチをされる場ではないですね。
不必要に性愛的対象として扱われるのはいいかげんうんざり
というのが、ほとんどの女性の思うことだと思います。

スポーツ大会の主催者が、女性を男性の性愛的欲求の対象とするために
参加させようというのなら、親睦を深めたいのは男だけであり、
女は男の都合のための道具ということになります。
こんなことを考えているなら、かえって不健全ですから、
職場のスポーツ大会は丸ごと取りやめたほうがいいです。

あるいは、主催者に女性を男の性愛的対象とする意図は
まったくないけれど、参加を考えている女性にそうした意図が
あるのではないかと不安にさせる、ということはあるかもしれないです。
この場合は「女性であるがゆえに参加しづらい」という
構造上の問題があることになるので、女性の参加を即すための
優遇措置をほどこすのは妥当ということになります。


記事を書いたかたは、
次に2.について。これは女性の商品化を連想させます
(しかもその商品価値は、女性に付帯する特定の付加価値(外見とか)のみで、
その他の人格は無視された扱いの)
と書いていて、男性の都合で女性が性愛的対象とされることはふまえています。
ところが、そうした可能性があるゆえに、女性にとって参加に
不安や危険がともなうことは、意識されていないようなのですよね。
(記事自体が男性視点であり、参加を検討する女性の立場が
ほどんと考えられていないのですよね。)

仮にそうだとすると、これは女性の参加者が殆どいないと見込まれる
飲み会などにおいて、女性会費を安くしたりして女性参加者を
増やすやり口に似ています。
とも書いていますが、会費の優遇措置も、飲み会に参加することは
女性にとって危険があるからだろうと、わたしは思いますよ。

女性が参加すると、ほかの男性のご機嫌取りをやらされたり、
愛想振りまき役にされたり、それこそ性愛的な対象にされたり、
セクハラされたり強姦されたりする危険があります。

過去にそういう経験があったり、あるいはそうしたお話を聞いている女性は、
飲み会に参加することに抵抗があるでしょう。
それゆえ躊躇する女性への参加を即すために、会費を安くするというのは
ひとつの妥当な措置として考えられることになります。


この記事はつぎのページのコンテンツのひとつです。

「男女に統計差があるなら役割分担すべきか」

上記コンテンツは、『後藤文彦の頁』というサイトのものです。
むかし「本多批判派」のひとりとして、
メインブログで紹介したことが何度かあるかたです。

「本多勝一バッシング」
「田中宇の国際情勢解説」
「よそらい」
「補完代替医療の研究(2)」


posted by たんぽぽ at 16:41| Comment(0) | 家族・ジェンダー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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