2014年01月27日

はてなとメメント・モリ

メインブログの1月13日エントリで、なくなったかたへの批判をすること、
そして1月15日エントリで「死ねばいいのに」ということばを
発することについて、わたしの考えをお話したのでした。

そのとき、Fondriest氏bogus-simotukare氏
ブックマークコメントを取り上げて、なくなったかたへの批判や
「死ねばいいのに」ということばを発することに対して、
ぜんぜん遠慮のないかたたちもいる、ということをお話したのでした。

ところがブックマークのほかのコメントを見ると、ぜんぜん遠慮がないのは、
このふたりだけではなく、ほかにもたくさんいるのですよね。

(はてなブックマーク)
(はてなブックマーク)
(メタブックマーク)

「死ねばいいのに」と言ってなにが悪いのかわからないとか、
「死ねばいいのに」なんてまだ穏健なほうだとか言ったりするのですよ。
さらには「この人が本当に死んだら喜ぶと思う」とか、
「あの人が死んだときはうれしかった」とか、
あらわに言ってはばからない人も何人かいたりします。

しかもそうしたぜんぜん遠慮のないコメントの中には、
はてなスターがたくさんついているものもいくつもあります。
自分では直接発言しないにしても、そうしたコメントに賛同しているかたも
すくなからずいるということになるでしょう。

どれもすさまじいのですが、とりわけすさまじいと思ったものを
ひとつだけサンプルとして挙げておくことにします。





これがはてなの世界の、人の死に対するスタンスなのかと思います。
ことばが軽くなっているのもありそうに思いますが、
わたしから見ると住んでいる世界がぜんぜん違うと、あらためて思うところです。

対照的な意見を挙げておきます。
わたしの感覚は、以下のツイートに近いですよ。
わたしはむしろこういう感覚の世界で、暮らしてきたみたいです。

https://twitter.com/kenketsumiyagi/status/389600318423441408
========
「ヘイトスピーチを一貫して批判」って何かの呪文ですか?
「万死に値する」とは口語にすれば「死ね」と同義、
在特会の「首吊れ毒飲め飛び降りろ」と何が違いますか。
私は在特会相手でも命を軽んじる言葉は慎みます。
========

https://twitter.com/tmaita77/status/425816671798833152
========
「死んだほうがいい」などと記述することは,
自分の人間性を疑われる行為であることをよく認識せよ。
========


posted by たんぽぽ at 07:13| Comment(0) | ウェブサイト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください