2012年05月16日

政権交代でなにがよくなるか?

「世に倦む日日」氏は、政治改革を主張してきた人たちは、
政権交代を繰り返せば、自動的によくなると
喧伝して来た、などと言っております。

https://twitter.com/yoniumuhibi/status/194050412268093440
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そう、そのとおり。
全ては市場に委ねれば万事よくなるという、
市場原理主義の発想と同じ言説だった。
小選挙区二大政党制で政権交代を繰り返せば、
悪いところが取れて行ってどんどんよくなるという主張。
システムによるオートマチックな改善という説得。
山口二郎がニュースステーションで刷り込んだ。
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「世に倦む日々」氏は、自民党の穏健派が政権を取り続けて、
左派は万年野党の地位に安住していたほうが
幸せだったなどと考えるくらいです。
政権交代や、それを後押ししてきた政治改革など
うらめしく思っているのだろうと思います。

また上のツイートでは「市場原理主義の発想と同じ言説」
などと言っていて、政権交代が起きる政治状況を
ご自分の嫌いな新自由主義と重ね合わせています。

ご存知のように、大半の民主主義国では、
複数の政治勢力が存在して、政権交代が起きうる
議会システムを採用しています。
政権交代が起きることが新自由主義的だというのなら、
世界の民主主義国はどこも新自由主義的、
ということになります。

このような、政権交代に対する批判的意見に対しては、

1. 政権交代がときどき起きるだけで、
自動的に政治がよくなるという一面がある。
2. 政権交代は政治が浄化されるための、
必要条件であるが、十分条件ではない。

という、二通りの答えかたがあると思います。


>政権交代で、なぜ政治が改善されるのか

はじめに、政権交代がときどき起きるというだけで、
政治腐敗がある程度浄化されることを、お話します。
(といっても、なにを当たり前のことを、というお話で、
いまさら説明の必要はないかもしれないです。)

選挙で負けが込んで、政権が取れない状態が続くと、
党の政策を根本から見直したり、党の体質を改めたり、
人事を刷新したり、世代交代させたりして、
有権者にアピールしようとします。

つまり、政権交代が起きうることで、政党が自発的に
党内改革を行なうようになる、というわけです。
権力の担い手が、みずからを浄化することで、
政治の健全性が保たれるわけです。
多くの民主主義国で、政権交代が起きうる
議会システムを採っているゆえんは、ここにあります。


55年体制下において自民党は、
万年与党であることを前提としたしくみが発達し、
さまざまな政治の停滞を引き起こしました。

たとえば、「当選回数主義」という年功序列制や、
「政治家城下町」とでも呼ぶべき、
代議士と地元の財界との癒着構造があります。
またこれらよって、世襲議員が多くなるという弊害もあります。
その結果、政策による有権者へのアピールや、
党内の人事の刷新が停滞するようにもなります。

「当選回数主義」も「政治家城下町」も、
政権交代がときどき起きれば、生じ得ないものです。
つまり政権交代が引き起こされることで、
政治の停滞がおのずと解消されることになります。
これらについてくわしくは、つぎのエントリを
ご覧いただきたいと思います。

「当選回数主義」
「政治家城下町」


>山口二郎はどんな主張をしたか、

続いて本題ですが、山口二郎氏は
どんな主張をしていたかを、見て行きたいと思います。
山口二郎氏の『政治改革』は、政治改革の基本的課題として、
序章の6-9ページで、つぎの4つを挙げています。

1. 選挙や政治資金の規正など政党間の競争の基本的ルールをめぐる改革。
2. 国会あるいは立法府のあり方にかかわる問題。
3. 行政府の問題。
4. 政治主体の問題。

1.は、おなじみ選挙制度や政治資金に関することです。
ここで山口氏は一票の格差をはじめ、
政党間・候補者間競争の公平性について述べています。

2.は、国会が名実ともに国権の最高機関となることです。
ようするに、官僚まかせにせず、議員が主体となって、
法案や政策を作れるようになることです。

3.は、官僚が議会を差し置いて政策決定で主導的になることや、
政治腐敗の中心である、官僚と業者(官-財)の癒着を
防ぐことを述べています。


4.は、自民党に取って代わって政権を取りうる
政治勢力の存在について述べています。
いくら議会や行政のしくみと整えても、
おなじ人たちがやっていては、効果はじゅうぶん
出ないでしょうから、従来の権力者に取って代わる、
新たな政治勢力が必要だ、ということです。

ここではじめて、「政権交代」ということばが出て来ます。
したがって、山口二郎氏は、政権交代が起きうることの
必要性は主張していることになります。
ところが、「二大政党制」ということばは、
どこにも出て来ないことがわかります。

前にお話をしたように、比例をメインとする選挙制度を
望ましいと考えていたことや、連立協議に有権者が
慣れることを念頭に置いていたことを考えると、
複数政党の連立でも、政権を取りうる勢力が
あればよいと、考えていたものと思われます。


こうして見ると山口二郎氏は、「政権交代を繰り返せば、
悪いところが取れて行ってどんどんよくなる」などと
単純な主張をしてはいないことがわかります。

もちろん、権力につく人たちを入れ替えるために、
政権交代は必要かつ重要なのはたしかです。
ところが、議会や行政府の整備も大事なのであり、
政権交代だけで「自動的によくなる」と
いうことではないわけです。

政権交代は、政治改革の必要条件ではありますが、
十分条件ではない、ということになります。
それをあたかも「政権交代が必要十分条件だ」と
主張したかのように言っているところに
「世に倦む日々」氏の問題があると言えます。


『政治改革』の6-9ページを引用しておきます。

http://lacrima09.web.fc2.com/figs/seiji-kaikaku3.html



posted by たんぽぽ at 23:41| Comment(0) | 政治・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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