2012年05月11日

「政治改革」の13−14ページ

『政治改革』(山口二郎著)の13-14ページ

http://lacrima09.web.fc2.com/figs/seiji-kaikaku.html


 
1. 腐敗は政治家の心がけの問題ではない

政治家性悪説を前提に

議論の出発として、ここでまず政治腐敗がなぜ頻繁に起こるのか、
その原因について考えてみたい。
贈収賄や政治資金規制法違反などの政治腐敗が問題となるたびに、
世論では政治倫理の確立が叫ばれる。
しかし、議論のはじめに確認しておかなければならないのは、
政治腐敗は金をもらう側の政治家および官僚や、
金を出す側の業者の、心構えや倫理の問題ではないということである。
もちろん政治家や経営者がみんな清く正しい人間になれば
腐敗はなくなるが、改革の方途を議論する際に、
権力者やこれに利益を求めて群がる人々の内面を改造しようというのは、
もっとも非現実的な発想とわざるをえない。
政治改革の議論は宗教家の説教とは違う。
その意味では、政治改革は性悪説から出発しなければならない。

また、金を送る側ももらう側も、それぞれ会社の業績を伸ばすとか、
次の選挙で当選し政治家としての力を強めるといった、
それぞれの立場にとってきわめて大きな利益をもたらすと
判断するからこそ、法を犯してまでも金のやりとりを行うのである。
つまり、政治腐敗の当事者たちはやや近視眼的ではあっても、
彼らなりの厳密な損得勘定の上で違法な金の
やりとりをすることに注意しておく必要がある。
したがって、倫理的な規範に訴えてこうした腐敗を指弾したところで、
当事者たちはいっこうにこたえないし、
再発防止の手段としてもこうした訴えはまったく無力であろう。
法を犯してでも利益や権力を追求しようとする人間の存在を前提としたうえで、
腐敗を起こしにくいような制度や環境条件を整えることこそが、
政治改革を考える際の基本的な前提とならなくてはならない。


posted by たんぽぽ at 23:24| Comment(0) | 政治・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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